連載「つたえること・つたわるもの」(71)
盂蘭盆会法要での法話。愛娘の死が父を育てる、おかげさまの物語。
連載 2019-08-20
松岡さんの愛娘、唯ちゃんは、生後8か月のときに原因不明の嘔吐、意識不明の危篤状態に陥った。すぐに地元の病院から大学病院に搬送され、3日後にようやく意識をとり戻す。しかし、病名は不明のまま、尿や血液の採取や多くの検査が行われ、不安な日々が続いた。約1カ月後、主治医から松岡さん夫妻に対して、唯ちゃんは50万人に1人の難病、メチルマロン酸血症だという説明があった。主治医はさらに、「まず、唯ちゃんの病名が判明したことを幸いと言わねばなりません。というのも、この病気は数年前までSIDS(乳児突発死症候群)に含まれていたものですが、医学の発達により病名が明らかになりました」と言ったという。この主治医の発言には、ある意味でとても残酷な響きがある。なぜならば、メチルマロン酸血症は新生児期に発症することが多く、体内にメチルマロン酸(毒性のある酸)が蓄積し、徐々に全身の臓器が障害され、やがて死に至る病気だからである。食事療法や肝臓移植、腎臓移植による発作や合併症の抑制をはかる治療法はあるのだが、現時点で完治できる治療法はないと言われている。
しかし、この主治医の言葉は、この法話の重要な主題「平生業成」の第一の伏線になっている。
そして、2015年7月21日午前4時20分、唯ちゃんは5歳6カ月と2週間の人生を終えて、お浄土へと旅立った。松岡さんの妻が愛娘の死を受け止めた言葉が、「平生業成」における第二の伏線である。松岡さんが『大乘』(本願寺出版社発行の月刊誌)に寄稿した文章の一部を紹介する。
入退院は繰り返すものの、家におります時は健康な子と同じように過ごすことができました。このまま治ってくれるのではないか……そんな私たち夫婦の思いも虚しく、昨年(※2015年)の2月21日に緊急入院。5か月に及ぶ入院の間に唯は6回“危ない”と言われました。そして7回目となったのが7月21日でした。
唯(※のご遺体)を乗せて自宅に帰る車の中で妻が「お父ちゃん、浄土真宗でよかったね。お念仏いただいてよかったね」と言いました。
唯が亡くなる前日、医師が涙を浮かべながら「お父さん、申し訳ないんですが、どうすることもできないんです…」。私は「先生、申し訳ないどころか、どうすることもできないんでしたら、そりゃ阿弥陀さまにおもかせするしかないんですよ。どうすることもできないと言われて、かえって肚がすわりました」とこたえました。
(『大乘』2016年11月号より引用)
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