連載「つたえること・つたわるもの」(71)
盂蘭盆会法要での法話。愛娘の死が父を育てる、おかげさまの物語。
連載 2019-08-20
松岡さん夫妻は、亡くなった唯ちゃんの解剖に同意した。解剖を終えて病室に戻ってきたパジャマ姿の唯ちゃんを引きとり、車に乗せて自宅に向かう中で発した言葉(「お父ちゃん、浄土真宗でよかったね。お念仏いただいてよかったね」)は、もちろん最愛の娘、唯ちゃんを亡くしたことは何よりもつらく悲しいことであるが、松岡さんが愛娘の死を通して受けとめた「平生業成」は、亡くなった唯ちゃんが再びこの世に還ってきて、すべての人びとを救うはたらき(還相回向)として顕れるという希望に支えられている。つまり、松岡さんのいう「私たちは、これから救われるのではない。すでにいま救われているのだ、ということです」であり、この「私たち」の中には、松岡さん夫妻、唯ちゃんはもとより、唯ちゃんの治療に関わったすべての人びとが含まれている。
唯ちゃんが亡くなってしばらくの間は、松岡さんが布教先のお寺に出かけるとき、「唯ちゃん、これから行ってくるね」と、仏壇に手を合わせた。しかし、あるときから「唯ちゃん、これから一緒に出かけようね」と声をかけるようになったという。松岡さんは法話の最後に、「願生」という言葉を紹介された。これは仏教用語で、「阿弥陀さまのお浄土に往生(往きて生まれる)したいと願うこと」だが、これを「願われて生きる」と表現された。お浄土で仏となった唯ちゃんから、きょうも「お父さん、しっかり布教使のお仕事をしてくださいね」と「願われて生きる」松岡さんのお顔は、とても素敵なお父さんの笑顔だった。
【プロフィール】
原山 建郎(はらやま たつろう)
出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員
1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。
2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。
おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。
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