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連載「つたえること・つたわるもの」180

ためになる日本語――江戸・大阪・京都〈いろは歌留多〉のことわざ。

連載 2024-03-12

出版ジャーナリスト 原山建郎

 その昔(昭和50年代)、正月の三大遊びといえば、コマ回し、凧揚げ、いろはかるただった。

 なかでも「犬も歩けば棒にあたる」に代表される「いろはかるた(犬棒かるた)」は、大人と子どもが一緒にできる「ことば遊び」であった。小学生の私にも暗記ずみの得意札があり、目の前の絵札に勢いよく手を出す――間違って「お手つき」と言われたときの悔しさ、首尾よく目当ての絵札を取ったときの嬉しさ……。七五調のリズムが心地よい読み札(ことば)は覚えたものの、その「ことば(ことわざ)」の意味や由来にはあまり興味がなく、もっぱら獲得した絵札の枚数ばかりが気になったものだ。

 その後、中学の国語の授業で和歌を学ぶようになってからは、これも丸暗記で『百人一首』の絵札取りに熱が入り、『いろはかるた』から遠ざかってしまった。

 そしていま、小学生や中学生の孫たちと遊ぶ「かるた」は〈いろは〉順ではなく、その多くが物語(登場人物)を描写した〈あいうえお〉順の「かるた」になっている。たとえば……、

「あ」あたまでこうげき ぐー・ちょき・ぱんち!「い」いいえがお おおきなこえで いってきます「う」うきうきで いたずらたくらむ ばいきんまん「え」えがおで げんきに いってきまーす
(『それいけ!あんぱんまんカルタ』(サンスター文具、2023年))

「あ」あめのばすてい となりはだあれ「い」いどみずくんで おそうじだ「う」うとうとと おなかのうえで ひとねむり「え」えんのした めい(メイ)が のぞいて さがしもの 
(『となりのトトロ かるた』(スタジオジブリ企画、エンスカイ、2012年)

 実は、今回のコラムを書くために、松戸市と市川市の図書館から借りてきた『ことわざで遊ぶ いろはかるた』(時田昌瑞著、世界文化社、2007年)、『江戸のこころ・上方の智恵』(藤本義一・杉浦日向子著、小学館、1998年)『今昔いろはカルタ――世渡りの知恵、ことわざ』(鈴木棠三著、錦正社、1973年)を、何日かかけて読み込むうちに、「いろはかるた」は江戸時代中期に始まった〈ことわざ〉の遊びであったこと、大別すると「江戸いろは」「上方(大坂)いろは」「上方(京)いろは」の三種類の「いろはかるた」があること、そして「いろは歌」は江戸時代の手習い(当時は変体仮名)手本として、一般庶民の識字率(読み書き能力)を高める役割を果たしたこと、などがよくわかった。

 この「いろはかるた」読み札リストは、『新釈いろはかるた』(滑川道夫著、ぎょうせい、1983年)を参考に、原山が作成したものである。★「江戸/上方(大坂)/上方(京都)」の順にまとめてある。

「い」犬も歩けば棒にあたる一を聞いて十を知る一寸先は闇 ★「ろ」論より証拠六十の三つ子論語読みの論語知らず ★「は」花より団子花より団子針の穴から天井をのぞく ★「に」 憎まれっ子世にはばかる憎まれっ子神直し二階から目薬 ★「ほ」骨折り損のくたびれ儲け惚れたが因果仏の顔も三度 ★「へ」屁をひって尻つぼめ下手(へた)の長談義下手の長談義 ★「と」年寄りの冷や水遠い一家より近い隣豆腐に鎹(かすがい) ★「ち」ちり(塵)も積もれば山となる地獄(ぢごく)の沙汰も金次第地獄の沙汰も金次第 ★「り」律儀者の子沢山綸言(りんげん:天子のことば)汗の如し綸言汗の如し ★「ぬ」 盗人(ぬすびと)の昼寝盗人の昼寝糠(ぬか)に釘 ★「る」 瑠璃(るり:青色の宝玉)も玻璃(はり:水晶)も照らせば光る類をもって集まる類をもって集まる ★「を」 老(お)いては子に従ふ鬼(おに)の女房に鬼神(きしん)鬼(おに)も十八 「わ」 われ(割れ)鍋にとじ蓋笑ふ門には福来たる笑ふ門には福来たる ★「か」かったい(「かたい」の変化形※ハンセン病患者)のかさ:※皮膚病患者)怨み(※「うらやみ」の意)/かげ(陰)裏の豆もはじけ時かへる(蛙)のつらに水 ★「よ」よし(葦)のずい(髄)から天井のぞくよこ(横)槌で庭を掃く夜目遠目傘のうち 「た」旅は道づれ世は情け大食(だいじき)上戸の餅食い立て板に水 ★「れ」れう(良)薬は口に苦し連木(れんぎ)で腹を切る連木(※すりこぎ)で腹を切る ★「そ」惣領(※惣領息子)の甚六(じんろく:お人好し、ぼんやり)/袖振り合うも他生の縁袖振り合うも他生の縁 ★「つ」月夜に釜を抜く爪に火を点(とも)す月夜に釜を抜く ★「ね」念には念を入れ寝耳に水猫に小判 ★「な」泣きっ面に蜂習わぬ経は読めぬ済(な)す時の閻魔顔 ★「ら」楽あれば苦あり楽して楽知らず来年のことを言へば鬼が笑う ★「む」無理が通れば道理引っこむ無芸大食むま(馬)の耳に風 ★「う」嘘から出たまこと牛を馬にする氏(うぢ)より育ち ★「ゐ」芋(いも)の煮えたもご存知ない炒(い)り豆に花が咲く鰯の頭(かしら)も信心から ★「の」のど元すぎれば熱さ忘るる野良の節句働き鑿(のみ)といはば槌(つち) ★「お」鬼(おに)に金棒陰陽師(おんみゃうじ) 身の上知らず負(お)うた子に教えられ浅瀬を渡る ★「く」臭いものに蓋臭いものに蠅がたかる果報(くゎはう)は寝て待て ★「や」安物買ひの銭失ひ闇に鉄砲闇夜に鉄砲 ★「ま」負けるは勝ち待てば甘露(かンろ)の日よりあり蒔かぬ種は生えぬ ★「け」芸は身を助ける下戸の建てた蔵はない下駄と焼味噌 ★「ふ」文(ふみ)はやりたし書く手は持たぬ武士は食わねど高楊枝武士は食わねど高楊枝 ★「こ」子は三界の首っ枷(かせ)志は松の葉これに懲りよ道斉坊(どうさいぼう) ★「え」得手(えて)に帆をあげる閻魔の色事縁の下の力持ち ★「て」 亭主の好きな赤烏帽子天道人を殺さず寺から里へ ★「あ」頭かくして尻かくさず阿呆につける薬はない足元から鳥が立つ ★「さ」三べん廻って煙草にせうさわらぬ神に祟(たた)りなし竿の先に鈴・猿も木から落ちる ★「き」聞いて極楽見て地獄義理とふんどしかかねばならぬ鬼神に横道なし・義理とふんどしかかねばならぬ ★「ゆ」油断大敵油断大敵幽霊の浜風 ★「め」目の上の瘤(こぶ)目の上の瘤盲の垣のぞき ★「み」身から出た錆(さび)身うちが古み・蓑売り(蓑打ち)が古蓑(み)身は身で通る裸ん坊 「し」知らぬが仏尻食(しりくら)へ観音吝(しは)ん坊の柿の種 ★「ゑ」 縁(えん)は異なもの味なもの縁の下の力持ち縁と月日・縁の下の舞 ★「ひ」貧乏暇なし貧相の重ね食い瓢箪(ひょうたん)から駒 ★「も」門前の小僧習わぬ経を読む桃栗三年柿八年餅屋は餅屋 ★「せ」背に腹はかえられぬ背戸(せど)の馬(むま)も相口(あひくち:互いに気が合うこと)/聖(せい)は道によりて賢し ★「す」>粋(すい)は身を食う墨に染まれば黒くなる雀百まで踊り忘れず ★「京」 京の夢大坂の夢/(※「京」の項なし)/京に田舎あり

 ここで少し気になったのが、「を、ゐ、ゑ」に合わない仮名遣い、「ひ、れ」と異なる漢字の音である。この疑問について、『今昔いろはカルタ』の著者、鈴木棠三さんが、次のように説明している。

」鬼も十八(京カルタ)/老いては子に従へ(江戸カルタ)
」鰯の頭も信心から(京カルタ)/芋の煮えたもご存知ない(江戸カルタ)
」縁の下の舞(京カルタ)/縁は異なもの味なもの(江戸カルタ)
がある。これは歴史的仮名遣では、オニ、オイテハ、イモ、エンが正しいのだが、京カルタも江戸カルタも歩調をそろえて、ヲ、ヰ、ヱの札にしているのである。これを正しい仮名遣に直すとなると、新たにヰ・ヱ・ヲの札を考えなければならぬということになり、昔カルタの復原といういう趣旨にそわなくなる。
また、漢字の音についても、

」瓢箪から駒が出る(京カルタ)
」良薬は口に苦し(江戸カルタ)
 の一枚は誤りである。瓢箪はヘウタンが正しいのにヒの札になって居り、良薬はリャウヤクなのにレの札に入れてあるからである。つまり、江戸カルタも京カルタも、ワ行のヰ・ヱ・ヲと、漢字の音とで同じような誤りを仲よく同数だけ犯しているのである。しかし、これらを訂正するとなると、改正いろはカルタになってしまうので、手を附けるわけに行かない。
(『今昔いろはカルタ――世渡りの知恵、ことわざ』「3 いろはカルタあらまし」2~3ページ)

 ところで、「いろはかるた」は、「いろは譬え(ことわざ)かるた」のことで、まず「上方かるた」が江戸時代中期(1704~89年)に上方(大坂、京都)で生まれ、その後、江戸固有の「江戸いろは」になったといわれている。同じ「いろはかるた」でも、上方と江戸では読み札の「ことわざ」が少し異なっている。

 大阪生まれの直木賞作家・藤本義一さん、東京生まれの江戸風俗研究家・杉浦日向子さんが、共著書『江戸のこころ・上方の智恵』の中で、江戸と上方、それぞれの「いろはかるた」について書いている。

」江戸いろは 【老いては子に従ふ】 年をとってからは、何事も子に任せ、それに従ったほうがよい。/地方から単身で出稼ぎに来る人の集中した江戸では、農村部と異なり独居老人に比率が高かった。家族もなく、隣近所に支えられて暮していた。ふだんは非力な老人でございと、若いものにおんぶにだっこ。若いものにしても、国元に残してきた親へのうしろめたさも手伝って、自発的に孝行の真似ごとをした。おかずをわけたり古着を都合したり、世話を焼くうちポックリ逝って、土間の塩壺に小銭がざっくり溜まってたなんてのもザラにあった話だ。
伊達に年をとったわけじゃない。老いては子(若年)に従うとみせて、上手にコキ使うが良い。「老い先短い」は武器になるセリフだ。「あんたらまだ先が長いから、この後いくらでもチャンスはあるだろうけど、老い先短い身だから」と。いつでも真っ先にうまいところをゴッソリもっていけば良い。
                      【日向子】


」上方いろは 【鬼も十八】 [「鬼も十八番茶も出花」の略。] 鬼でも年ごろになれば少しは美しく見え、番茶でもいれたばかりは香りがある。器量が悪くても、年ごろになれば少しは娘らしい魅力が出てくるということ。/十八歳という年齢は、井原西鶴の『好色五人女』にも描かれた八百屋お七の年齢からではないかと推定される。(中略)江戸時代も現代も男女ともに人生の曲がり角に立つようだ。稀代の辻斬り魔の白井権八も寛文十二年(一六七二)に同僚の鳥取藩士を殺害し、十八歳の時に江戸に狂奔し、遊女小紫と知り合い、金欲しさに辻斬りをつづけて自首して刑死されたのが二十五歳であり、権八の後を追って小紫が自害したのが十八歳という。八百屋お七といい権八・小紫といい歌舞伎(※『八百屋お七歌祭文』、『鈴ヶ森』)で華やかに蘇った十八歳が諺に植え付けられたのだろう。       【義一】
(『江戸のこころ・上方の智恵』52~55ページ)

また、「いろはうた」は「い」から始まり「す」で終わるが、「いろはかるた」には最後に「京」がついている。そのわけは、江戸時代に流行った「道中双六(東海道五十三次の絵を順次渦巻き形に描いた絵双六)」が、「江戸」を振り出しに進み「京」で上がりとするからという説もあるように、「京の夢 大坂の夢」(江戸かるた)と「京に田舎あり」(上方かるた)を比べてみると、それぞれ気風の違いがよくわかる。

」江戸いろは 【京の夢 大坂の夢】 夢の話をする前に唱える言葉。夢の中では、時間・空間をこえてさまざまなことが実現されるので、こういう。/京、大坂、江戸で三都という。京は千年の王城の地、雅(みやび)の都。大坂は商人の栄える街、商(あきない)の都。江戸は全国から諸侯の集まる街、武の都。これをもって、三役揃い踏みとなる。(中略)上方(※京、大坂)から江戸へはいるものを「下(くだ)りもの」と呼んで珍重し、固定ブランド化された。衣食住から文化まで、ひたすら上方のものをおしいただき、コピーしつづけた。江戸の庶民にとって、下りものはなんでもありがたかった。下りもの以外の、地ものや下ってこないような粗悪品を「下らぬもの」といい、つまらない、価値がない、取るに足りない、「くだらない」とさげすんだ。                     【日向子】

」上方いろは 【京に田舎あり】 にぎやかな都にも、意外に田舎めいて開けていないところがあるものだ。/京に田舎ありの絵札には必ず大原女(おはらめ)の姿が描かれている。
かるたが生まれた頃、京は日本で最も華やかな町であった。その町に、なんと薪などを頭にした大原女が歩いているという感嘆がこの諺になったのだろう。観光都市の京に田舎が存在しているアンバランスをいったと思われる。これは江戸カルタの〝京の夢大阪の夢〟を粉砕する迫力をもっている。
が、この言葉につづけて〝田舎に京あり〟と通常口にするところを見れば、住めば都の元祖かもしれない。何処の土地にも都市ふうの場所もあれば郊外の雰囲気をもっている場所があり、それが一体化して風土を醸し出しているのである。
パリに田舎あり、ニューヨークに田舎あり、東京に田舎あり、なのだ。        【義一】

(『江戸のこころ・上方の智恵』196~198ページ)

 なるほど、「いろはかるた」は、江戸時代に生まれた〈ことば遊び〉、「日本文化の玉手箱」である。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう)

 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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