連載「つたえること・つたわるもの」181
はじまりの日本語――きこゆ・うたふ・かたる・つたふ「オノマトペ」。
連載 2024-03-26
出版ジャーナリスト 原山建郎
「オノマトペ(擬音語と擬態語)」は、原初の日本語、つまり日本語の卵である。すべての〈ことば〉はオノマトペから生まれた〈はじまりの日本語:やまとことば〉である。まだ、言語(一定のきまりに従い、音声や文字・記号を連ねて、意味を表すもの)と呼べる〈ことば〉がなかった時代に、「身振り手振り」(ボディ・ランゲージ。擬態表現)・自然の音や動物の鳴き声の「口真似」(擬音・擬声表現)などを使ってコミュニケーション(双方向の意思疎通)を図っていた。もちろん、英語やフランス語など外国語にもオノマトペがあって、それぞれの言語の原型(語源)となっている。
たとえば、各国の漫画(コミック)の吹き出し(オノマトペ表現)では、イヌの鳴き声「ワンワン」の英語はbow-wow(バウワウ)・woof(ウーフ)、フランス語はouaf ouaf(ウワウワ)、扉を閉める音「バタン」の英語はbang(バァン)、フランス語はpan(パン)などの擬音語がある。また、お喋りの「ベラベラ」の英語はblah-blah(ブラブラ)、フランス語はpatata(パタタ)、針で皮膚をつつかれる感覚「ちくちく」の英語はprickle(プリクル)、フランス語はpiquer(ピケ)などの擬態語がある。
ちなみに、1960年代にNHK教育テレビ「おかあさんといっしょ」で放映された三匹の子豚の物語、『ブーフーウー』(長兄のブー、次兄のフー、一番下のウー、)のタイトルも、英語のオノマトペ「boohoo(ブーフー:赤ん坊のように泣きわめく)」からきている。
国立国語研究所のHP【日本語を楽しもう!「擬音語・擬態語」にはどんな種類がある?】では、「擬声語」:わんわん、こけこっこー、おぎゃー、げらげら、ぺちゃくちゃ等、「擬音語」:ざあざあ、がちゃん、ごろごろ、ばたーん、どんどん等、「擬態語」:きらきら、つるつる、さらっと、ぐちゃぐちゃ、どんより等、「擬容語」:うろうろ、ふらり、ぐんぐん、ばたばた、のろのろ、ぼうっと等、「擬情語」:いらいら、うっとり、どきり、ずきずき、しんみり、わくわく等、5つのオノマトペに分類している。
これらのオノマトペ(擬声・音語、擬態・容・情語)は、「きこゆ[(聞・聴(聽)]・うたふ[歌・謠(謡):訴・訟]・かたる[語]・つたふ[伝(傳)」の〈話しことば〉によってインプット・アウトプット(入出力+上書き)を繰り返しながら、〈はじまりの日本語〉になっていった。『字訓 普及版』(白川静著、平凡社、1995年)を参考にしながら、〈やまとことば〉の成立について考えてみよう。
たとえば、動物の鳴き声や自然界の音から生まれた擬音(擬声)語は、人間の耳で「聴く・聞える」→「きこゆ・きく(音声やことばを耳にききとる)」、叫び声や歌声であらわす「歌・唄・謡(謠)/歌う・訴える」→「うた(一定の節や拍子をつけて声を出して歌う)/うたふ(うったふ:相手に思いを訴える)」であり、ある感情やものの状態を音で表した擬態(擬容・擬情)語は、それを相手にわかるように「語る(説明する)」→「かたる(ことの次第を順序だて、形をつけて話す)」、たくさんの人たちに「伝える」→「つたふ(つた:蔦のように延びて、他に伝え知らせる)」と考えることができる。
英語のsong(歌)の動詞形sing(シング:歌う)は、古英語のsinganに由来し、とくに喜びや楽しみの中で「歌って伝える」ことを意味した。英語のtalk(トーク:語る)は、やはり古英語のtalu(内容をもった話をする、物語る)に由来し、中世英語ではtale(テイル:物語)のように用いられた。
また、〈やまとことば〉の「かたる(語)」には、「話す」意味もあるが、それは「はなつ[放・離・遣](内なる心の思いを、口から〈ことば〉に出して解き放つ・切り離す・遣わす)ではないだろうか。
ここからは、〈もっと知りたい!日本語〉シリーズの『オノマトペ 擬音・擬態語をたのしむ』(田守育弘著、岩波書店、2002年)を参考にしながら、少し長い引用になるが、文字どおり「目から鱗」のわくわく・どきどきするトピックがぎっしり! 日本語ならではのオノマトペ世界をさぐってみよう。
たとえば、オノマトペの中には、「ばりばり/ぼりぼり」のように、母音の違いによって区別され、よく似た意味を示すペアがある。母音の「あ」と「お」によるニュアンスの違いを比較してみると……、
煎餅をばりばりかじる/豆をぼりぼりかじる/鐘が{がーん/ごーん}と鳴る/風船がばんと割れる/スプレー缶がぼんと爆発する/柱に頭を{がつん/ごつん}とぶつけた
(『オノマトペ 擬音・擬態語をたのしむ』「五 音と意味の深い関係」146ページ))
なるほど、母音「あ」を含む「ばりばり」からは、「煎餅の一部が口からはみ出たまま」でかじる音、外に拡がっているように感じる音がするが、母音「お」を含む「ぼりぼり」からは、「口を閉じたまま、口の中に全部ほおばった豆」をかじる音、内にこもっているように感じる音がする。
また、たとえば、いちばん短い日本語のオノマトペは、「ふと思い出す」「つと立ち上がる」など、一モーラ(※拍:リズム上の単位)の語基(※意味的に中心になる部分)で表されるが……、
このように「ふ」とか「つ」など一モーラから成るオノマトペは非常に稀である。これに「っ」や「ん」がついたものなら、ぐっと数は増える。(□は「子音+母音」の一モーラを表す。)
「□っ」日光がかっと差し込む。 電気がぱっと消える。
すっと頭から血の気が引く。 さっと顔色を変える。
「□ん」かんと鐘を鳴らす。 収入がぐんと増える。
シャンパンの栓をぽんと抜く。 胸がきゅんと痛む。
また、「きゃーと声をあげる」のように母音が長音化された形や、それに「っ」や「ん」の付いた形、「日光がかーっと差し込む」「シャンパンの栓をぽーんと抜く」もある。
一(※1)モーラの語基だけから成るオノマトペが非常に稀であったように、二(※2)モーラの語基だけから成るオノマトペの数も多くはない。(中略)
二モーラの語基に「っ」「り」「ん」が付いた形は一般的である。
「□□っ」糸がぷつっと切れる。 木の枝がぽきっと折れる。
地震で家がぐらっと揺れる。 真っ白い歯がきらっと光る。
「□□り」糸がぷつりと切れる。 木の枝がぽきりと折れる。
地震で家がぐらりと揺れる。 真っ白い歯がきらりと光る。
「□□ん」糸がぷつんと切れる。 木の枝がぽきんと折れる。
地震で家がぐらんと揺れる。 真っ白い歯がきらんと光る。
(『オノマトペ 擬音・擬態語をたのしむ』「三 創作実験」81~83ページ))
かつて、兵庫県立大学教授だった田守さんが、学生に「地震で家が( )と揺れた」の()内にオノマトペを入れる課題を与え、その回答結果を語基ごとに並べたリスト(数字は回答数)がおもしろい。
ぐらぐら85 ぐらっ83 ぐらり19 ぐらん2 ぐらぐらっ2/ゆらゆら22 ゆらっ12 ゆらり9/がたがた39 がたっ6 がたん7/みしみし5 みしっ3(中略)
田守さんによる回答結果の考察を要約してみると、およそ次のようになる。
★「擬態オノマトペ」である「ぐら」を語基にもつ「ぐらぐら・ぐらっ・ぐらり・ぐらん・ぐらぐらっ」は、いずれも家が激しく揺れる様を描写している。「ぐらっ」と「ぐらり」の揺れ方は、どちらもある物体が一度だけ激しく揺れる様を表すが、「ぐらっ」は関わっている動作が「ぐらり」よりもより瞬間的で急な終わり方を表している。「ぐらり」は「ぐらっ」よりもゆったり感じられる。
★「ゆら」→「ゆらゆら・ゆらっ・ゆらり」は、比較的ゆるやかでゆっくりと大きく揺れる様を描写している。学生の回答結果になかった「ゆさゆさ」は、何かに揺さぶられているかのような揺れ方を表している。やはり回答になかった「ゆらん」という形態のオノマトペはないからだと思われる。
☆「擬音オノマトペ」である「がた」→「がたがた・がたっ・がたん」は、鉄筋コンクリート造りの頑丈な建物が揺れる音ではなく、家全体が揺れる際に箪笥など家具が震動する際に生じる音を表す。
☆「みし」→「みしみし・みしっ」は、たとえば木造の家自体がきしむ音を表している。
これまで列挙したオノマトペをみると、「促音(かっ・ぱっ・すっ・さっ・ぽきっ・きらっ・ぷつっ・ぐらっ・ゆらっ、がたっ)」、「撥音(ばん・ぽん・きゅん・がつん・ごつん・かん・ぐん・ぷつん・ぽきん・ぐらん・きらん・がたん)」、「り(ぽきり・ぐらり・きらり・ゆらり」、長母音(きゃー・かーっ・がーん・ごーん・ぽーん)、反復(ばりばり・ぼりぼり・ぐらぐら・ゆらゆら・がたがた)は、日本語オノマトペに見られる音韻・形態的特徴といえる。
一般的に、オノマトペは(事物の状態を表す)副詞として使われるが、「擬態オノマトペ+する/擬態オノマトペ+つく/擬態オノマトペ+めく・ける・まる・める」など、いくつかの動詞の語尾と結びついて、豊かで多彩なオノマトペワールドを形成する。
◆「擬態オノマトペ」+する
はっとする ほっとする すっとする かっとする むっとする/しゃんとする しんとする つんとする ばんとする(例 ばんとしたホテル)/ばたばたする どきどきする にやにやする はらはらする/ぐったりする さっぱりする むっつりする うっとりする/ぼんやりする げんなりする しんみりする うんざりする/にこっとする すかっとする きちっとする うかっとする/がらんとする つるんとする だらんとする どろんとする/うろちょろする どぎまぎする どたばたする のらくらする
◆「擬態オノマトペ」+つく
ばさつく いらつく べとつく もたつく ぐらつく ふらつく/むかつく がさつく がたつく ばたつく ねばつく ごろつく
◆「擬態オノマトペ」+めく・ける・まる・める ※←「反復形のオノマトペ」の動詞化
はためく(※はたはた) ゆらめく(※ゆらゆら) きらめく(※きらきら) よろめく(※よろよろ) ざわめく(※ざわざわ)/いじける(※いじいじ) よろける(※よろよろ) にやける(※にやにや) とろける(※とろとろ) だらける(※だらだら)/ゆるまる・ゆるめる(※ゆるゆる)・くるまる・くるめる(※くるくる)
(『オノマトペ 擬音・擬態語をたのしむ』「二 オノマトペの使い方」59・60・62・63ページ))
上古代の日本人が〈つたえる・つたわる〉コミュニケーションを図った〈はじまりの日本語・やまとことば〉は、文字(書く)・閲読(読む)の〈書きことば〉ではなく、音声(話す)・聴取(聴く)〈話しことば〉だった。そして、たとえば「ぐら(語基)」→「ぐらぐら(反復)/ぐらっ(促音)/ぐらん(撥音)/ぐらり(り)/ぐらっとする(+する)/ぐらつく(+つく)」のように、同じカテゴリー(「ぐら」の仲間)であっても、「ぐら」と揺れる微妙なニュアンスの違いを〈つたえる〉、同じ日本語話者であれば暗黙知として〈つたわる〉、そして、私たちの人生をやさしく「つつむ」/たいせつな人とのきずなを「むすぶ」/〈はじまりの日本語〉で「つなぐ」、「オノマトペ」のすばらしさが、ここにある。
さて、突然のお知らせです。2016年9月から7年7カ月(月2回執筆)の間ご愛読いただいた本コラム「つたえること・つたわるもの」は、本日3月26日をもって、連載を終了することになりました。
すでに、本コラム140回『まあるく・やわらかい日本語、「ひらがな」のリズムで息をする。』(2022年7月12日)に書いたものですが、その冒頭の一文を、「気になる日本語/ゆかいな日本語/ためになる日本語/はじまりの日本語」シリーズを締めくくる〈ことば〉として、そして、本コラム最終回にふさわしい〈ことば〉として再録し、ゴム報知NEXTをご愛読の皆さまにお届けいたします。
「私たちはある国に住むのではない。ある国語に住むのだ。祖国とは国語だ。それ以外の何ものでもない(英語訳One does not inhabit a country; one inhabits a language. That is our country, our fatherland — and no other.)」と言ったのは、ルーマニア出身の思想家、エミール・シオランである。
シオランがいう「ある国」とは、私たちにとっては日本の「国土(country)」、「ある国語」とは「日本語(Japanese language)」のことであり、先祖代々現在に至るまで、そのことば(日本語という国語)によって紡がれてきた言語的・文化的な揺り籠(枠組み)が「祖国(our fatherland)」だということになる。
もちろん、日本の「国語」といえば、「漢字かな交じり(漢字+ひらがな+カタカナ)」文である「日本語」をさすのだが、私たちが胎児の時代に胎内で聴いた話しことば、「ひらがな」のオノマトペで伝わる母語(人生で初めて出会ったことば=mother tongue)としての〈やまとことば〉こそが、本当の意味での原初の「国語(national language)」であり、その場所(母胎)とは、シオランがいう「祖国(fatherland)」ではなく、「母国(生まれたところ=mother country)という表現のほうが似つかわしい
長い間、ご愛読いただき本当にありがとうございました。
【プロフィール】
原山 建郎(はらやま たつろう)
出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員
1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。
2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。
おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。
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