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連載「つたえること・つたわるもの」177

地名――大地に記された〈あしあと〉、語り継がれる〈ものがたり〉。

連載 2024-01-23

出版ジャーナリスト 原山建郎
 前回のコラムでは、「地名」のはじまり(由来)、これまで(変遷)、いま(現在)、これから(将来)という時間軸に沿って、(千葉県)市川(村)の始まり、北総(千葉県北部)開墾地の新地名、今回の能登半島地震で被災した石川県珠洲(市)の地名(由来)を調べてみた。そこから見えてきたのは、「地名とは、単なる記号ではない。それは大地に記された〈あしあと・記録〉、そして、そこに住む人と大地が長い時間をかけて語り継ぎ、これからも語り継ぐ〈ものがたり・記憶〉である」ということだった。

 今回は、松戸市図書館から借り出した「災害(地震や洪水など)」や「古い・昔の地名」に関する図書資料として、①『市町村名語源字典』(溝手理太郎編、東京堂出版、1992年)、②『天災から日本史を読みなおす』(磯田道史著、中公新書、2014年)、③『あぶない地名――災害地名ハンドブック』(小川豊著、三一書房、2012年)、④『地名は警告する――日本の災害と地名』(谷川健一編、冨山房インターナショナル、2013年)をはじめ、④『政府広報オンライン』(内閣府広報室のウェブサイト)、⑤『讀賣新聞オンライン』のコラム記事を手がかりに、「地名」の語源(はじまり)と由来(いきさつ)、変遷(これまで)、現在(いま)、そして将来(これから)について、いくつか視点を変えて考えてみたい。

 まず、前書きに【地名の「由来」と「語源」は区別すべき】と書かれた『市町村名語源字典』を読んでみる。編者の溝手理太郎さん(1980年、早稲田大学第一文学部日本文学科卒)は都立高校の先生で、編著書・共編著書に『古代地名語源字典』、『市町村名変遷字典』(いずれも東京堂出版)などがある。

 由来と語源というと、同じではないかといわれるであろう。事実、従来の多くの書では、それほど区別せずに使われている。しかし、行政地名の場合、この二つを区別する必要がある。つまり、「由来」というのは、なぜその名称が行政地名として採用されたかということを指している。一方、「語源」というのは、その地名そのもの、つまり、その固有名詞がどんな意味をもっているかということである。
(『市町村名語源字典』「はじめに」1ページ)

 日本地名の多くは「漢字」で書かれている。はるか昔、日本にまだ文字がなかった時代(上古代)から使われていた「やまとことば(話しことば)」の発音を、同じ音韻(発音)をもつ漢字を借りて、いわば当て字のように用いたもの(万葉仮名)である。あまり漢字の語義(意味)にとらわれすぎると、古くから語り伝えられてきた「地名の語源(地形や地勢の特徴)」とは異なるとらえ方(意味)になる。

 したがって、溝手さんのいう「語源」、つまり、「やまとことば」の発音にまでさかのぼって考える必要がある。その意味では、前回のコラムで書いた【「地名」のはじまり(由来)】には、①地名の語源=もともとの地名、②地名の由来・変遷=新命名(瑞祥地名、行政地名)の二種類があるということになる。

 さて、明治二十二年以来の行政地名の由来を見渡すと、新命名がたいへん多いことがわかる。合成地名のように、全く新しいことばを作ることもあり、瑞祥地名(※めでたい意味をあらわす「しるし」となることば)のように、地名としては使われていなかったことばを採用したものもある。(中略)

 また、十数にも及ぶ自治体が合体すれば、その中心がどこかということが、はっきりしないことすらある。したがって、行政地名には、その区域の中心地の名称を採用するという原則(『和名抄』の国名・郡名を見れば明らかである)は、大きく崩れることになったのである。

 さらに、戦後になって、地域住民からの公募によって決定するという形式が行われるようになった。このことは、一見、民主的ですばらしいことのようである。しかし、地名、特に行政地名というものは、その地域の住民だけが使うものではない。むしろ、他の人々がより多く使うものである。にもかかわらず、住民の意思だけで決定するというのは、少しおこがましいのではなかろうか。それに、そうして採用された名称が、いかに月並みで、陳腐なものであるかということはいうまでもない。そして「他と区別する」という地名の大切な機能が、大きくそこなわれていることも問題である。

(『市町村名語源字典』「はじめに」2ページ)

 たとえば、地名の「みかわ」には、「三川」、「美川」、「三加和」という三つの漢字表記【三本の川の流域に因んだ「新命名」、旧郡名から一字ずつとって命名した「合成地名」などの「行政地名」】がある。また、地名の「みずほ」には、「瑞穂」という漢字表記【※豊葦原瑞穂国(とよあしはらみずほのくに)という日本の古い国名に因んだ「瑞祥地名」】が例示されている。(※太字表記は原山。以下同じ)

 ★「新命名(行政地名)」みかわ三川〕山形県東田川郡の町名。成立:昭和30年。由来:合体時の新命名。語源:赤川・京田川・大山川の三本の川の流域にあることから。/みかわ三川〕新潟県東蒲原郡の村名。成立:明治22年。由来:合併時の新命名。語源:阿賀野川・新谷川・中の沢川の三つの河が流れていることに因む。/みかわ三加和〕熊本県玉名郡の町名。成立:昭和30年。由来:合体時の新命名。語源:三ヶ村が合体したことによるものだが、域内を三本の川が流れていることも意識されているか。/みかわ美川〕石川県石川郡の町名。成立:明治2年。由来:明治2年から22年の町名による。語源:成立当時の石川郡本吉町と能美郡湊村が合併し、双方の郡名から一字ずつとって命名されたもの。/「瑞祥地名」みかわ美川〕山口県玖珂(くが)郡の町名。成立:昭和34年。由来:合体時の新命名。語源:「美しい川」という瑞祥地名。【※昭和30年(1955年)、玖珂郡の河山村・桑根村が合併して「美川村」が発足。しかし、平成18年(2006年)岩国市・由宇町・玖珂町・本郷村・周東町・錦町・美和町と合併し、改めて「岩国市」が発足し「美川町」の地名は廃止された。】みかわ美川〕愛媛県上浮穴郡の村名。成立:昭和30年。由来:合体時の新命名。語源:前項と同様の(※瑞祥)地名。

 ★「瑞祥地名」みずほ瑞穂東京都西多摩郡の町名。成立:昭和15年。由来:合体時の府知事による命名。語源:日本の雅称「豊葦原瑞穂国」からとった瑞祥地名。/みずほ瑞穂〕京都府船井郡の町名。成立:昭和26年。由来:合体時の新命名。語源:前項と同様の地名。/みずほ瑞穂〕島根県邑智(おおち)郡の町名。成立:昭和32年。由来:町制施行時の公募および投票による新命名。語源:前項と同様の地名。/みずほ瑞穂〕長崎県高来(たかき)郡の町名。成立:昭和31年。由来:合体時の新命名。語源:前項と同様の地名。【※平成17(2005)年、周辺6町と新設合併し「雲仙市」が発足して「瑞穂町」の地名は消滅した。】みずほ瑞穂〕名古屋市(※瑞穂区)の行政区名。成立:明治9年。由来:明治9年から39年(22年からは自治体名)の村に基づく区設置時の町名による。語源:前項と同様の地名。
(『市町村名語源字典』「五十音目次 ま 」から「みかわ/みずほ」を抜粋。241~242ページ)
 
 また、「3・11(2011年3月11日に発生した東日本大震災)」の翌年1月に出版された『あぶない地名――災害地名ハンドブック』の表紙カバーには、「あぶない地名(災害地名)」の例が載っている。
 ★モミジ(※正しくはモミヂ)/モミは揉ミ・ヂ(地)で、土地が揉める処、すなわち地盤が不安定な土地か。/紅葉/(例)広島県佐伯郡宮島町紅葉谷(一九四五年九月・山津波発生、多数の犠牲者。二〇〇五年九月・台風で西側の白糸川に土石流が発生、大きな被害)

 ★クルミ/クル・ミは刳(ク)る+ミは水(ミ)または接尾語で、地すべりなどで土地が削られたり、抉(えぐ)られる所。(例)富山県氷見市胡桃(一九六四年七月・戦後最大の地すべり「胡桃地すべり」。/富山県富山市大山町胡桃ヶ原ほか(大鳶、小鳶の両山が崩壊、土石流が発生


 しかし、それは読者を怖がらせようとか、その土地に住むのは危険だという「脅し」ではない。はるか昔につけられた「(旧)地名」の意味を正しく理解して、突然の大地震、集中豪雨などによる地滑り、土石流、津波などの自然災害から身を守る防災に生かしてほしいという、著者の切なる願いなのである。小川豊さん(1930~2007年)は、元建設省(現国土交通省)河川局防災課徳島工事事務所副所長だった方で、同書が出版される5年前に亡くなっている。生前、「地名と実際の土地はセットで判断されなければならない。地名は土地の情報である」と強調されていたという小川さんが、後世の私たちに伝えようとした貴重な遺作である。三一書房編集部による「あとがき」には、次のように書かれている。

 本書は著者である小川豊さんの最後の著作 です。ちょうど十年前に別の出版社の依頼で書かれた本文の初校が完成し、とりあえずパソコンによるプリントアウトまで進行したのですが、そのころに体調を崩されて、本原稿にすることがかなわず、亡くなられました。それが初校のままで残されていたものを、このたび三一書房から刊行することになり、当時の編集担当者が小川様の奥さまのご協力で、著者が遺されたメモや資料を拝借し、それらをできる限り利用して、本書の原稿を作成しました。
(『あぶない地名――災害地名ハンドブック』「編集部あとがき」230ページ)

 前回のコラムでは、「珠洲(市)」の由来(珠洲市のホームページ)を【「スス←稲・鈴」から転じた地名の「珠洲(真珠のように美しい輝きを持つ美しい洲)」】と紹介したが、河川防災の専門家である小川さんは、「ス」と「スズ」の「語源(やまとことばの原意)」を、次のように解説している。

 ★ス/川・海浜の洲の意。しばしば「津」に転訛(※ことばの本来の発音がなまってかわること)する/後洲、生洲、大洲(※千葉県市川市にもこの地名がある)、沖洲、河原洲、(※東京都江東区東陽・東京都品川区北品川の旧地名)、洲島、洲田、高洲(※千葉県浦安市・千葉市美浜区にある地名)洲本(※兵庫県淡路島にある洲本市)中洲、前洲/(例)三重県津市香良郡砂原、浜浦ほか、福岡県福岡市博多区中洲中島町

 ★スズ/方言で山道、徳利を指すが、急斜面の土地で、豪雨などによる崩壊も多い。また水分豊富な土地/珠洲、須津、鈴/(例)石川県珠洲市宝立町黒峰、三崎町高(※タカ=急傾斜地)波、若山町宇都(※ウト=地すべり地)山など。
(『あぶない地名――災害地名ハンドブック』「さ行」125ページ)

                                                       
 同じように、さきに紹介した『市町村名語源字典』で「すず」を引くと、【すず〔珠洲〕石川県の市名。成立:昭和29年。由来:合体時の新命名。語源:郡名(※旧珠洲郡)による。】と書かれている。

 日本海に大きく突き出た能登半島の先端に位置する「珠洲(市)」は、過去に顕著な被害を及ぼした地震は13回あり、そのうち8回の地震で液状化と思われる現象が確認され、最近では1993年、2007年に発生した能登半島(沖)地震で大きな被害を受けている。そのことを、今回の能登半島地震と考え併せてみると、「珠洲」という地名は、かつて大伴家持が詠んだ長歌に由来して命名された歴史の〈記録・あしあと〉であり、能登半島に住む人びとの願いと祈りがつむいだ〈記憶・ものがたり〉でもある。

 ところで、民俗学者・地名学者の谷川健一さん(1921~2013年)は、「3・11(東日本大震災)」の2年後に出版された『地名は警告する――日本の災害と地名』の序文で、地震を意味する古語「ナヰ」について、さらに東日本大震災で津波被害を受けた「(宮城県)閖上」の地名について書いている。

 地震(ぢしん)を古語でナイ(※正しくはナヰ。以下はすべてナヰと表記)というが、この語は今でも奄美や沖縄で使われている。伊波晋猷(いはふゆう※「沖縄学の父」と呼ばれる民俗学者、言語学者)は『古琉球』(※伊波晋猷著、外間守善校訂、岩波文庫、2000年)で、ナヰなどの古語は、琉球人の先祖が大和民族と袂を別って、南方に移住したころにもっていた言葉の遺物である、という。伊波は日本文化が南島に波及したという説の持ち主であるから、そのような考え方になるのはとうぜんである。

 宮古島でも地震を
ナヰと呼んでいる。『宮古島旧記』(※宮古郷土史研究会編、宮古郷土史研究会、1978年)に載せられている伊良部島のヨナタマの伝承は本書でも川島秀一氏が紹介しているが、「人面魚体でよく物を言う魚」であるヨナタマは人魚になぞらえられるジュゴンのことである。柳田邦男はヨナは海をあらわす古語でヨナタマは海霊をあらわす、と述べている。伊良部島で聞いたところでは、ヨナタマはヨナ・ナヰ・タマが短縮されたもので、ヨナ・ナヰは津波を指す。ヨナタマのナヰは、宮古島では地震にかぎらず、物が揺れることである。
(『地名は警告する――日本の災害と地名』「序 災害と地名」ⅰページ)

 今回の大震災(※2011年3月11日に発生した東日本大震災)では、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)も津波の被害を受け、七百五十名にのぼる甚大な犠牲者を出したところである。「揺(ゆ)る」は風波が海底の砂をゆり淘(ゆ)上げて岸に押し寄せることで、閖上はそれにふさわしい地名であった。

 また神奈川県の相模灘に面した大磯町、二宮町、平塚市のあたりは、万葉集巻十四に、「相模路のよろぎの浜」と呼ばれているところである。「よろぎ」も「ゆる」に由来する。大正十二
(1923)(9月1日)の関東大震災のときには、鎌倉市の海岸や大磯町にも津波が押し寄せて、死者を出した。

 沖縄では海から寄り物がやってくる浜をヨリアゲという。寄り物はイルカやスク
(※アイゴの稚魚)であり、ときには流木である。流木を寄り木という。これらの寄り物で生計を立てている集落を『琉球国由来記』(※1713年、琉球王国が編纂した地誌)はヨリアゲマキウと記している。マキウは本土のマキ、すなわち同族集団がつくった集落である。本土のユリ、ユリアゲの地名も、風波が海の砂を運んでくる海岸ではあるが、それだけではなく、海の幸の寄り物を期待する心根が込められていると考えられる。
(『地名は警告する――日本の災害と地名』「序 災害と地名」ⅱページ)

 ここで、『政府広報オンライン』に載っている【地名があらわす災害の歴史】を読んでみよう。文中で災害の危険性をあらわす地名のキーワードは、「蛇」「竜」「龍」「鷹→滝」である。

 地名には、その土地で起きた災害の歴史や特徴を現在に伝えるメッセージが隠されていることがあります。災害は時を越えて、その土地で繰り返し発生します。宅地開発などで、新しい地名になっているところもありますが、ぜひ現在の名称だけでなく、旧地名も含めて、地名の由来を図書館や自治体などで調べてみましょう。例えば、水に関係する文字などはもちろん、「」「」「」などが使われている地名には過去に大規模な土砂災害が発生しているケースが多く「蛇抜(じゃぬき)」「蛇崩(じゃくずれ)」などの地名は土砂が流れていく様をあらわしているとされています。また増水時に川が蛇行して荒れていく様を、空想上の「龍」に見立てて地名としている場所は全国に見られます。ほかにも、「鷹」は「滝」の意味を持ち、急傾斜地・崩壊危険区域を示すといった例もあります。

 自分の住んでいる土地の過去の名称を調べるには、地元の図書館などで古い5万分の1の地形図(国土地理院)や、郷土資料「地名の由来」などの資料から調べる方法、自治体によっては総務課などで閲覧、またはコピーが可能な古い地名記録や変更資料などから調べる方法などがあります。法務局で履歴を調べ、登記簿によって土地利用の履歴を見ることも可能です。また「旧公図」を閲覧する方法なども考えられます。地名の由来に関心を持ち、調べることは、地域の歴史、過去の災害に向き合い、災害対策の優先順位を考える大きなヒントになることでしょう。

(『政府広報オンライン』【地名があらわす災害の歴史】/2019年7月16日)

 もうひとつ、『讀賣新聞オンライン』(2018年7月30日 )で、2018年夏、記録的な豪雨で被災した「広島市安佐南区」の土砂災害をとり上げた『洪水危険、土砂崩れ注意…「地名」は警告する』と題する、丸山淳一さん(讀賣新聞論説委員)のコラムを見つけた。丸山さんはコラムの中で、歴史学者、磯田道史さんが『天災から日本史を読みなおす』で指摘した「地名の警告」に触れている。少し長い引用になるが、災害の危険性を警告する地名、「蛇崩れ」「蛇落」「梅(埋め)河」などの「語源」解説を読んでみよう。

 「災害地名」は、先人たちの警告

 土砂崩れなどで100人以上が亡くなった広島県では、2014年にも広島市安佐南区八木などで、多くの死者を出している。磯田さんは広島の土砂災害の後、本のタイトル通りに被災した地区の郷土史を読みなおし、戦国武将・香川勝雄(かつたか)(1515~69)の大蛇退治の伝説があること、かつて伝説にちなむ「蛇落地(じゃらくち)」「 蛇王池(じゃおういけ)」という地名があった、と記している。昔は土砂崩れを「 蛇(じゃ)崩れ」や「 蛇落(じゃらく)」と呼び、「蛇落地」は地区で土砂崩れがあったことを示す「災害地名」の可能性が高い。だが、宝暦12年(1762年)の土地台帳にはすでに「蛇落地」の地名はなく、代わりに音(読み)がよく似た「上楽寺(上楽地※
瑞祥地名)」という 字名(あざな)がある。後世の住民が忌まわしい記録を縁起のいい名前に変えたとすれば、先人の警告を消してしまったことになる。大きな被害が出たほかの被災地には「蛇落地」のような災害地名や、災害の伝承や逸話はあったのだろうか。(中略)

「滑ヶ谷」「荒川山」……「埋め河」転じて「梅河」に

 広島市安芸区矢野東7丁目では、約60棟の民家の3分の1が土石流にのまれた。40年以上前に造成されたこの地区の住宅団地は、地元では「 梅河(うめごう) 団地(ハイツ)」と呼ばれていた。梅河の地名は「埋め河(川)」に由来し、縁起を担いで「埋め」を松竹梅の「(※瑞祥地名)」に変えたと伝わる。周辺には「滑ヶ谷」「荒巻」「荒川※しばしば洪水を起こす川」など、崩壊や土砂崩れを表す地名もある。住民は以前から市に防災対策を要望し、2018年2月に治山ダムが完成したばかりだったが、土石流はダムを乗り越えた。一帯には避難勧告が出されていたが、ダムができたことで安心し、住民の避難が遅れた可能性がある。ダムの完成時に市側は住民に「これで安心してはいけない」と念を押し、土砂災害特別警戒区域への指定が決まっていた区域もあった。
(『讀賣新聞オンライン』、『洪水危険、土砂崩れ注意…「地名」は警告する』/2018年7月30日)

 1月1日16時10分に発生した能登半島地震は、20日余りが過ぎた今もなお収まる気配がなく、テレビの緊急速報で「能登半島、地震発生」のテロップが流れる日々が続いている。一日も早い被災地・能登半島の復旧・復興・再生と、被災者の皆さんに笑顔が戻る日を心から願っている。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう)

 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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