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連載「つたえること・つたわるもの」174

「かなしみ」によりそう、「おもい」のちから。「大悲」は風のごとく。

連載 2023-12-13

出版ジャーナリスト 原山建郎
 去る10月21日、第33回中原寺(浄土真宗本願寺派)文化講演会が開催された。講題は『信じることと知ること』、講師は『イエス伝』(中公文庫)などの著書もある、批評家で随筆家の若松英輔さん。

 はじめに、この日の配布資料(書籍からの抜き書き)の中から、オーストリアの詩人、リルケの『若き詩人への手紙』(髙安国世訳、新潮社、1953年)の一文、【そんなことは一切おやめなさい。あなたは外に目を向けていらっしゃる、だが何よりも今、あなたのなさってはいけないことがそれなのです。(中略)ただ一つの手段があるきりです。自らの内へおはいりなさい。】を引いて、「自らの内へおはいりなさい――それが〈信じる〉ということなのです」と。そして、「信の領域、信のちから」について、「信念(しんねん)とは、信(まこと)を念(おもう)」こと、「信仰(しんこう)とは、信(まこと)を仰(あおぐ)」こと、「信実(しんじつ)とは、信(ほんとう)の実(まこと)」をいう、とも。
なるほど、日ごろ、音読みの漢語(信念:しんねん)で考える習慣が先に立つ頭脳知(分別知で「知ること」)の理解と、訓読みのやまとことば(信念:まこと・を・おもう)で伝わる身体知(からだの深奥で「信じること」)の感得とでは、その語意に微妙なニュアンスの違いがあることがよくわかった。

 また、やはり配布資料の【◇五つの「かなしみ」、◇十二の「おもい」】を示しながら、「みなさん、〈かなしむ〉〈おもう〉という漢字を、できるだけ多く書いてみてください」と言われた。私も資料の余白に漢字をいくつか書き出したが、若松さんが挙げた数までは届かなかった。残念! 悔しい! 
そこで、若松さんの宿題である「かなしみ」と「おもい(おもひ)」について、字源辞典の『字通』(白川静著、平凡社、1996年)・古語辞典の『新訂 字訓』(白川静著、平凡社、2007年)を手がかりに、漢字と古語(やまとことば)の由来(成立ちと原義)を調べてみた。解説文には専門用語や、初期の象形文字(殷の時代の甲骨文字。文中では表示できないので、◆(耜の旁)・■(英語のDを右に90度回転)・▲(囟の下に心臓の象形文字)★(心臓の象形文字)など、漢字の偏や旁などで説明する)がたくさん用いられているが、むずかしい言葉には意味を(※~)で補足し、漢字の読み仮名(ルビ)は()内に記しながら、世界的な文字学者が拓いた〈白川ワールド〉の魅力を、めいっぱい楽しんでみよう。

 ◆五つの「かなしみ」(哀、悲、悼、慟、惻)←『字通』

 ☆哀〔アイ/かなしい、あわれむ〕会意文字(※2文字以上の漢字の形・ 意味を組み合わせて作られた漢字)。衣+◆(さい※英語の「D」を右に90度回転)。死者の招魂のために、その衣の襟もとに、祝詞(のりと)を収める器の形◆(さい)を加える。魂よばい(※死者の名前を呼んで、離れていく魂を呼び戻す儀式)をする哀告(あいこく)の儀礼を示す。〔ヒ/かなしむ、かなしい、なげく〕形声文字(※「意味を表す部分」と「発音を表す部分」を組み合わせてできた漢字)。声符(※形声文字で「発音」を表す部分)は非(ひ)。[説文・十下]に「痛むなり」とあって、悲痛の情をいう。同じ要素の字に悱(ひ)があり、[論語・述面]に「憤せずんば啓せず(※学問に対して、ふるい立つほどの情熱をもたない者には、教え導くことはしない)、悱せずんば發せず(※わかっていながら、それを口に出せないで、もどかしく思うほどの積極性を示さない者にも、教えることはしない)」のように用いる。非は否定的な心情を示す形況的な語で、沸鬱(ふつうつ)とした。/☆悼〔トウ(タウ) /いたむ、かなしむ、おそれる〕形声文字。[説文・十下]に「懼(おそ)るるなり」とあり、陳・楚の時代の語とする。斉・魯では矜(きょう、※あわれむ、かなしむの意)、秦・普では矜あるいは悼という。/☆慟〔ドウ/なく、なげく〕形声文字。声符は動(どう)。[説文・新附]に「大いに哭(こく)するなり」とあり、弔問のとき声をあげ、身をふるわせて泣くことをいう。[論語・先進]に「顔淵死す。子(※孔子)之れを哭して慟す(※身もだえして悲しむ)。従者曰く、子、慟せり」とあり、肉親でなければ哭するのが礼であった。声を呑んで泣くことをいう。/☆惻〔ソク/いたむ、かなしむ〕形声文字。声符は則(そく)。[説文・十下]に「痛むなり」とあり、事情を推測して、痛み悲しむことをいう。

 ◆十二の「おもい」(以、為、謂、存、念、思、惟、憶、想、慕、懐、顧)←『字通』

 ☆以〔イ/もって、おもう、ともに、ひきいる、ゆえ〕象形文字(※物の形をかたどってできた漢字)。■(すき※田畑を耕す農具。「耜」の旁)の形。[説文・十四下]に「は用ふるなり。反已に従ふ」とし、賈侍中説として「已意、已の實(み)なり。象形」とする説を引く。已意は薏以(よくい)という草(※ハトムギ)。字は象形で、耜(すき)の形。/☆為〔イ(ヰ) /なす、つくる、おもう、まねる、ため〕会意文字。象+手。[説文・三下]に「母猴なり」とし、猴(さる)の象形とするが、卜文の字形に明らかなように、手で象を使役する形。象の力によって、土木などの工事をなす意。「~を~となす」を、思考の上に及ぼして、おもう、いう。/☆謂〔イ(ヰ) /なづける、いう、おもう〕形声文字。[説文・三上]に「報ずるなり」とするが、もとは「名づける」意であったと思われる。東周の〔吉日剣〕に「朕余(われ)に名づけて~と胃(謂)ふ」とあって、胃を用いる。曰・云と声(※発音)近く、通用の字(※同じ意味を表すものとして置き換えて用いられる漢字である。/☆存〔ソン、ゾン/ある、いきる、ながらえる、おもう〕会意文字。才(さい)+子。才は榜示(※土地の境界を明らかにする標識)の木。木に祝禱(※神官を通じて神に祈ること)の器である(さい)をつけた形は才。在の初文(※ある漢字が初めて作られたときの字体)で、神がここに在り、その占有支配する意を示す。その聖化の儀礼によって、生存が保障されることを存という。[説文・十四下]に「恤(うれ)ひ問ふなり」とあり、才声とするが声が合わず、〔段注〕に在の省文(※文章の文字や文句の省略)に従うとする。才は在の初文である。在は才と士に従い、士は鉞頭(えっとう)の象(かたち)。才にさらに聖器の鉞(まさかり)を加えた形で、存在はほぼ同義に用いる。/☆〔ネン/おもう、こころ〕形声文字。声符は今(こん)。今に侌(いん)・岑(しん)盦(あん)、また念に稔(ねん)・唸(てん)・淰(しん)の声があり、今声の範囲はかなり広い。今は蓋栓(がいせん※容器の口をふさぐふた)の形。酓+欠(飲)は酒樽の蓋のある形に従う。その今と心との会意という構造は考えがたいから、今の転声とするほかはない。[説文・十下]に「常に思ふなり」とし、今声とする。(中略)今は蓋栓の形で、中に深くとざす意味をもつ字である。/☆〔シ/おもう、かんがえる〕形声文字。正字は囟(し)に従い、囟声。囟は脳蓋の象形。人の思惟するはたらきのあるところ。[説文・十下]に「容なり」とあり、恵棟の説に「容(ふか)きなり」の誤りであろう」という。深く思慮することをいう字である。/☆〔イ(ヰ)、ユイ/おもう、ただ、これ〕形声文字。声符は隹(すい)。隹に唯、維の声がある。[説文・十下]に「凡思なり」という。また慮に「謀思」、念に「常思」、想に「冀思」とあり、「凡思」とは汎(ひろ)く思う意であろう。隹とは鳥占(とりうら※鳥の鳴き声、止まった枝の方向、飛ぶ方角などで吉兆を占う)。その神意を示すことを唯といい、神意をはかることを惟といい、やがて人の思念する意となった。/☆〔オク/おもう〕形声文字。声符は意(おく)。意は音に従い、音によって示される神意をはかり、さとることをいう。 [説文・十下]に字を意に作り、「滿なり」「一に曰く、十萬を意と曰(い)ふ」と億(※十萬)の意とするが、憶は神意をはかる意に従う字である。/☆〔ソウ(サウ)/おもう〕形声文字。声符は相(そう)。[説文・十下]に「冀思(きし※こいねがう)するなり」とあり、その形容を思いうかべることをいう。その人を慕う意がある。/☆〔ボ、モ/したう、おもう〕形声文字。声符は莫(ぼ)。[説文・十下]に「習ふなり」とする。金文(※青銅器の表面に鋳込まれた、あるいは刻まれた文字)に「慕を謨(はか)る」の意に用い、[禹鼎(うてい)]「朕(わが)が肅慕」のように用いる。文献には思慕の意に用いる。/☆〔カイ(クヮイ)/おもう、いだく、なつかしむ、なつく〕形声文字。旧字は懷に作り、褱(かい)声。褱は死者の衣襟の間に (なみだ※涙の象形)をそそぐ形。その死を哀惜し、懐念することをいう。[説文・十下]に「念思なり」とするが、追憶を字の本義とする。/☆〔コ/かえりみる、おもう〕会意文字。雇(こ)+頁(けつ)。雇は神戸棚の前で鳥占(とりうら)をして、神意を問う意。頁は神事の際の礼容(※礼儀正しい態度)。神の顧寵を拝する意である。神意の顧念をうることが字の原義であった。[説文・九上]に「還(めぐ)り視るなり」とあり、後顧の意とするのは、のちの転義である。
※説文解字(せつもんかいじ):中国で漢字の構成すなわち〈六書(りくしょ※漢字の造字、運用の原理――象形、指事、形声、会意、転注、仮借の6種類)〉に従ってその原義(もとの意味)を論ずることを体系的に試みた最初の字書(字典)。後漢の許慎の著。単に「説文」ともいう。/段注(だんちゅう):「説文解字」を理解するための注釈入門書。/論語(ろんご):中国春秋時代末期(紀元前552~479年)の思想家である孔子とその高弟の言行を、孔子の死後に弟子が記録した書物。儒教の経典である経書の一つ。

 白川さんは『京都の支那学』(2000年8月:当時90歳。96歳で没)の講演の中で、「今、日本語がもう一度復活しなければならない時期なのに、文字制限なんかがあって、それがうまくいかない。言葉が少なすぎるのです。自分の気持ちを述べようとしても、それができない」として、次のように述べている

 たとえば、「おもう」という言葉がありますが、そう讀む漢字は、今は「思」だけしかないのです。この字の上半分(※囟)は腦味噌の形。その下に心(※★:「心臓」の象形)を書くから、千々に思い乱れるという場合の「おもう」です。

 『萬葉集』では、「おもう」というときに「」と「」とがあって、「念」のほうが多いのです。「念」の上の「今」は、瓶に蓋をするかたちで、ギュッと心におもい詰めて、深くおもい念ずるという意味の「おもう」です。それから「(壞)」という字の右半分は、上に目があって、その下に涙を垂れている。下の衣は亡くなった人の襟元です。その襟元に涙を垂らして、亡くなった人をおもう……、だから追憶とか、故人をおもうときに使う。「」は遠く離れた人の、姿をおもい浮かべるというときに使う字。そうやって、みんな違うのです。それなのに、故人をおもうというときでも「」しかつかえない。「思想」とか「追懐」とか「追憶」とかそんな言葉はあるのに、「」「」「」は「おもう」と讀ませないのです。萬葉時代の我が先人達は「子の行く末を念(おも)い、亡くなった親を懐(おも)っていた」のに、現代日本人は「子の行く末を思い、亡くなった親を思う」事しかできない。こう対比すると、文字が貧弱になれば、我々の心の働きも貧しくなってしまう事が實感できよう。


 もう一つ、古語(やまとことば)の「かなしみ」と「おもい(おもひ)」を、『字訓』で調べてみた。

◆三つの「かなし(愛・哀・悲)」、二つの「おもふ(思・念)」←『新訂 字訓』

 かなし〔愛・哀・悲〕どうしようもないような切ない感情をいう。いとおしむ気持が極度に達した状態から、悲しむ気持となる。「かなし」という感情は繊細なものであるから、これに当たる適当な字がなく、愛・哀・悲などが用いられる。愛は後ろに心ひかれて顧みる人の形。思いが心の中にみちて、どうしようもない感情をいい、「かなし」の語義と最も近い。哀は死者を哀しむ意。死者の衣の襟もとに、祝詞を収める器の形である(さい)をそえる。悲は非声。非には否定の意がある。心のうちにもどかしく、思うにまかせぬことを嘆く意があり、これも「かなし」の語義に近い。国語(※やまとことば)の「かなし」が、「哀(かな)し」「愛(かな)し」と表記されるように、哀・愛も同声で、もと同根の語であろうと思われる。

 ☆おもふ〔思・念〕四段。胸のうちに深く思うて、外にあらわすことのない考えごとをする。ひとり心のうちに抱く感情をいう。しかしそのような感情は、どうしても面にあらわれやすいものであるから、もとは「面(おも)」と同根の語であろう。そのような心理をもつ語として理解され、他の動詞・形容詞と複合して用いることも多い。「おもひ」は名詞形、「おもほし」は形容詞形、「おもほす」は尊敬語、四段。思(し※▲)の正字は囟(し)に従い、声。(※上半分の)は頭脳の象形(※下半分の★は心臓の象形)。その思惟するところをいう。念(ねん)は今(きん)声。今は壺形のものの蓋栓(がいせん)の形。[万葉]には、「おもふ」という語が甚だ多いが、その表記には思より念の字を用いることが多い。念は心のうちに深く思い抱く意の字とされたのであろう。

 若松さんはさらに、「古語(※上古代のやまとことば)では〈愛し〉を〈かなし〉と読み、〈美し〉も〈かなし〉と(やまとことばで)読んでいた」として、やはり配布資料【悲しみの深秘】から、陶芸家の河井寛次郎、濱田庄司らとともに、日本の民芸運動を主唱した美術評論家、宗教哲学者だった柳宗悦の著書、『南無阿弥陀仏 付心偈(※短歌や俳句よりも短い詩)』(岩波書店、1991年)の一文を紹介された。

 悲しさは共に悲しむ者がある時、ぬくもりを覚える。悲しむことは温めることである。悲しみを慰めるものはまた悲しみの情ではなかったか。悲しみは慈(いつくし)みでありまた「愛(いとお)しみ」である。悲しみを持たぬ慈愛があろうか。それ故慈悲ともいう。仰いで大悲ともいう。古語では「愛し」を「かなし」と読み、更に「美し」という文字をさえ「かなし」と読んだ。信仰は慈しみに充ちる観音菩薩を「悲母観音」と呼ぶではないか。それどころか「慈母阿弥陀仏」なる言葉さえある。基督教でもその信仰の深まった中世期においては、マリアを呼ぶのに、’Lady of Sorrows’の言葉を用いた。「悲しみの女」の義である。「アベ・マリア」とは悲しみの彼女を讃える叫びである。
(『南無阿弥陀仏 付心偈』「4 阿弥陀仏」88~89ページ)

 高校時代、古文の授業では「愛し」を「かなし」と読むことは学んだが、「美し」は「うまし」と読むが、「かなし」と読むとは習っていなかった。そこで、『字訓』『字通』をつぶさに読み込んで、これは漢字「愛」の古訓(古い時代の訓読)に「うつくし」「うるはし」があり、このことから「美(うるは)し」の訓読として、「愛」の訓読である「愛(かな)し」を準用して「美(かな)し」と訓読したものではないかと、私なりに考えてみた。以下に引用する「」は『字通』から、「うつくし」「うるはし」は『字訓』からの抜き書きである。

 ☆〔ビ/うつくしい、よい、ほめる〕象形文字。羊の全形。下部の大は、羊が子を生むときのさまを羍(たつ)というときの大と同じく、羊の後脚を含む下体の形。[説文・四上]に「甘きなり」と訓し、「羊大に從ふ。羊は六畜(※馬・牛・羊・犬・豚・鶏)に在りて、主として膳に給するものなり」とあり、羊肉の甘美なる意とするが、美とは犠牲(※神、精霊などをまつるときに供える生き物。いけにえ)としての羊牲(※羊のいけにえ)をほめる語である。善は羊神判(※両者が誓約をしたうえで、それぞれが提供した羊を切り付け、その反応によって判断するもの。敗訴した側は、犠牲の羊とともに皮袋に入れられ、川に流されるという厳格なものだった。「善」はもと裁判用語であり、のちに、すべての神意にかなうことを善と言うようになった)における勝利者を善(よ)しとする意。義は犠牲としての羊の完美(※完全で美しいこと)なるものをいう。これらはすべて神事に関していうものであり、美も日常食膳のことをいうものではない。/古訓:美=ウルハシ・ヨシ・ホム・アザヤカナリ・カホヨシ・ウマシ。

うつくし〕肉親的な愛情をいう。幼く小さなものをいつくしむ感情を、他のものにも及ぼしている。「うつくしぶ」「うつくしむ」はその動詞形。「うつくしび」「うつくしみ」はその名詞形である。類義語「うるはし」は端正なさまをいう。

 ☆うるはし〔麗・〕もと親愛の意を示す語。のち端麗・壮麗などにあたるうつくしさをいう。「潤(うる)ふ」の形容動詞形とみてよい。相手の立派さを嘆賞(※感心し褒める)する気持がある。類義語の「うつくし」は情愛を主とする語。「いつくし」は畏敬の念をいう語である。麗は鹿角を示す象形の字。麗の上部は鹿角の形。[説文]に「麗、麗皮もて納聘(なふへい:結納)す。蓋し鹿皮なり」と麗と鹿皮の意とするが、鹿皮よりも鹿角の方が雄麗の美を示すにふさわしい。愛は後ろを顧みて、顧念する情を示す形。愛は[説文・五下]に「行く皃(かたち)なり」とあり、もの思いつつ行くことをいう。「うつくし」という情愛を示す字である。

 ところで、仏教に「大悲」という言葉がある。
仏教学者、紀野一義さんは、自著『大悲風の如く――現代に生きる仏教3』(角川文庫、1981年)の中で、松尾芭蕉の句を引いて、【「大悲」は風のごとくに来る。】と解説している。

 芭蕉は『奥の細道』の旅で金沢に行った。金沢には小杉一笑(※加賀金沢の茶商)という弟子がいた。小杉一笑は芭蕉が来るのを待ちこがれていたのに、いよいよ芭蕉が金沢へやってくるというその前年に、三十六歳で死んだのである。あくる年に芭蕉が金沢へやって来たとき、この小杉一笑の兄が悲しんで、お墓の前で追善の句会を催した。そのとき芭蕉が詠んだ句が、

 塚も動けば我泣く声は秋の風

 である。芭蕉も万感胸に迫ってこの一句を生み出したに違いない。芭蕉はほんとうに墓前で泣いたに違いない。しかし、その自分の泣く声を秋の風のようだと聴いているもう一人の芭蕉がいる。泣いている芭蕉のうしろにもう一人の芭蕉がいるのである。泣くことに徹することもできない芭蕉は、芸術の鬼に憑かれていると思う人もあろう。しかし、この芭蕉の世界は、泣いて泣かぬ世界、惚れて惚れずという世界、悲しんで悲しまず、喜んで喜ばず、溺れて溺れずという世界なのだと思うのである。
仏法では一方的に「溺れるな溺れるな」とはいわぬ。決して泣くなともいわぬ。悲しみきわまるときは泣くよりほかあるまい。
(中略)
 大悲は風のごとくに来る。われわれの気づかぬところから微風のごとく吹き起こり、空を渡り、いつのまにかわれわれをつつむのである。はじめその音は空しくきこえることもある。しかし、いつか、人は、空しさの奥に大悲が輝いていることを知るのである。流した涙がまことの涙であり、悲しみが純粋に深いものであれば、泣くということが泣くだけに終わることはない。自分が泣いたことを、自分が流した涙を、もっとなにか、生きることに役立たせたいと願うようになる。その願いが動いて来たときに、空しいと思った風の音の中に、仏の大悲が動いていると知るようになる。涙がかれるほどに泣いたことが無駄にならなくなる。

(『大悲風の如く』第八章「さとりと救い」259~261ページ)

「かなしみ」によりそう、「おもい」のちから。
「大悲」は風のごとくに来る。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう)

 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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