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連載「つたえること・つたわるもの」(77)

ナチュラル・ダイイング、自然な〈お迎え〉を阻むもの。その2

連載 2019-11-12

出版ジャーナリスト 原山建郎

 前回のコラムでは、岡部健医師の「人間の体は、どこの臓器が不全になっても苦痛が除去できるようにつくられている」という言葉を手がかりに、胃ろうも人工呼吸器も点滴も要らなくなる終末期の、自然な〈お迎え〉現象(ナチュラル・ダイイング・プロセス)の生理学的な側面(からだの機能)を紹介した。

 ここでもう一つ、人間のからだ(ヒトの個体)を構成する約60兆個(現在では37兆個説が有力である)の体細胞(からだの部品)の生物学的な死の過程(ダイイング・プロセス)について考えてみたい。

 体細胞の「死」には、ネクローシス(細胞の壊死)、アポトーシス(細胞のプログラム死)、アポビオーシス(細胞の寿死)、3種類の「死」がある。ネクローシスは、創傷(火傷や切り傷)を受けた部分の細胞が破滅的な状態に追い込まれたサドン・デス(突然死)、アクシデンタル・デス(事故死)の現象をいう。

 アポトーシスは、からだ(ヒトの個体)の存続のために不要になった(新旧交代が可能な)再生系の細胞を、からだから取り除くために必要なプロセスで、細胞のプログラム死と呼ばれている。平たくいえば、古くなった皮膚の細胞が垢となって剥がれ落ち、皮膚の内側からせり上がってきた新しい皮膚細胞と入れ替わる現象に見られる、いわゆる細胞の新陳代謝である。ギリシャ語の「アポ(離れて)+トーシス(下降)」からきた言葉で、枯れ葉などが木から「落ちる」というほどの意味があり、たとえば「枯れるように死ぬ」という表現もあるように、ナチュラル・ダイイング(自然死)の範疇に入る言葉である。

 細胞レベルで見ると、1日に平均すると約1兆個もの新旧細胞が入れ替わっている。速いものでは腸の微絨毛が約1日、胃壁の粘膜が約3日で入れ替わる。遅いものでは骨の細胞は幼児期で約1年半、成人では約2年半、70歳以上では約3年ですべての骨細胞が入れ替わるのだそうだ。見た目には「ずっと生きている」ように見える私たちのからだの内側で、絶え間なく細胞の「死」と「再生」が繰り返されている。

 アポビオーシスは、ギリシャ語の「アポ(離れて)+バイオシス(生命)」からきた言葉で、東京理科大学教授の田沼靖一さんによって「細胞の寿死(アポビオーシス)」と命名された。これは、成人の心筋細胞や神経細胞など、(新旧交代が不可能で、ヒト個体が死ぬまで分裂・再生せずに同じ細胞が生き続ける)非再生系の細胞にも動物種固有の分化寿命があり、ヒトでは生物学的な最長寿命は最大120年ぐらいであるという。これもまた、究極のナチュラル・ダイイング(自然死)といえよう。ちなみに、ギネス世界記録が認定する世界最高齢記録保持者はフランス人女性の122歳164日だから、文句なしの「寿死」である。

 ネクローシスは予期せぬ火傷や切り傷による細胞の事故死だが、アポトーシスは細胞レベルで旧細胞の「死」と新細胞の「再生」をプログラムされた日々の〈お迎え〉であり、そして、アポビオーシスは生物学的な生命限界(寿命死)まで生き切った最終章の「お迎え」であると考えることはできないだろうか。

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