連載「つたえること・つたわるもの」(77)
ナチュラル・ダイイング、自然な〈お迎え〉を阻むもの。その2
連載 2019-11-12
前回のコラムで取り上げた『看取り先生の遺言――がんで安らかな最期を迎えるために』(奥野修二著、文藝春秋、2013年)が文中で引用した岡部健医師(看取り先生)の『患者体験から見えるケア――在宅緩和ケアの原点に戻る――』(『緩和ケア』2011年9月号)と題する一文に、「道しるべ」という言葉がある。
在宅での看取りができるかどうかは、宮沢賢治の「南二死二サウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ」という一言をわれわれ(※医師)が言えるかどうかにかかっています。われわれはあの一言を、本当に患者さんに言えているでしょうか。生の世界を引き延ばすはなしではなく、「怖がらなくてもよい」という道しるべを立てることができているでしょうか。地域にあった死生観を掘り起こしつつ、論理からではなく、看取りの経験の積み重ねによって、再び死の側の斜面の道しるべを立て直す時期に、今、きているのだと思います。
(『看取り先生の遺言』173ページ)
岡部医師は、〈お迎え〉がせん妄によるものかどうかを論じるよりも、〈お迎え〉を体験した患者がほぼ例外なく穏やかな最期を迎えることに着目し、2002年から遺族を対象に〈お迎え〉体験の調査を行った。
その成果は『現代の看取りにおける〈お迎え〉体験の語り 在宅ホスピス遺族アンケートから』という論文にまとめられ、東京大学大学院の『死生学研究』にも掲載された。(中略)
この調査では、「患者さまが、他人には見えない人の存在や風景について語った、あるいは、見えている、聞こえている、感じているようだった」という質問を設けて「お迎え」体験の有無について尋ねている。ちなみに故人の平均年齢は七十四・二歳である。
その結果、実に四二・三%の人が「そういうことがあった」と答えている。(中略)
「お迎え」体験で故人は何を見たかというと、実に五二・九%の人が、〈すでに亡くなった家族や知り合い〉と回答している。「お迎え」という言葉から、私たちは仏様が迎えに来るようなイメージをしがちだが、この論文では、仏様があらわれたのは五・二%にすぎず、大半は身近な人物である。お迎えにあらわれるのは〈生者より死者(七一・一%)〉が圧倒的に多く、その死者の七八・一%が家族や親せきなのである。なお、「お迎え」体験をした場所は、「自宅」が八七・一%で、「一般病院」は五・二%にとどまる。
更に興味深いのは、「お迎え」体験後、体験した故人の様子が、「普段どおりだった」が四〇・〇%(%の分母は百五十五)、「落ち着いたようだった」が一四・八%、「安心したようだった」が一〇・三%で、あわせて六五・一%が穏やかだったことが伝わってくる。
(『看取り先生の遺言』175~177ページ)
8年前に起こった3・11(東日本大震災)の直後、日本版臨床宗教師の必要性を訴えた岡部医師の願いに呼応し、東北大学に開設された「実践宗教学寄附講座」が目指すものとは、「怖がらなくてもよい」という「道しるべ」を示してくれる宗教者、特定の宗派にこだわらない臨床宗教師の活動であり、あるいは日本に古くから伝わる祖霊信仰とも深い関係にある、すでに亡くなった家族(祖先)からの呼びかけ、いわゆる〈お迎え〉現象に見守られながら穏やかな最期を迎えるために、すべての人のナチュラル・ダイイング・プロセス(自然死に至る準備過程)に向けられる、あたたかいまなざしではないだろうか。
【プロフィール】
原山 建郎(はらやま たつろう)
出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員
1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。
2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。
おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。
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