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連載「つたえること・つたわるもの」(57)

「おはよう」は、予祝という祈りの〈あいさつ〉。

連載 2019-01-22

出版ジャーナリスト 原山建郎
 先週の金曜日、東京・東久留米市の下里しおん保育園で、毎年1~2回、十数年あまり続けている園児の母親向けの子育て講座があり、ことしは「〈あいさつ〉のちから」について話した。

 これまでのテーマには、「〈子どもの宇宙〉探検隊」(2018年)、「〈ことば〉の玉手箱」(2017年)、「〈絵本〉のちから」(2015年)、「〈たのしいからだ〉の育て方・〈幸せなこころ〉の磨き方」(2014年)、「〈運のいい子〉の育て方・〈気のいい母〉の育て方」(2009年)など、この子育て講座の目的は、主たる保育者である母親が、わが子(新生児・幼児)との豊かなコミュニケーションを通して、マザーリングを実現することにある。マザーリングという言葉の意味は、母親が乳幼児を抱く、あやす、話しかけるなどの母性的なスキンシップによって、子どもの人格形成および身体・知能の発達に大きく影響するとされるものだが、実際には〈わが子〉を育てるプロセスを通して、〈わが子〉を産んだ女性が〈母親〉として成長していく。その意味では、この講座は〈わが子〉の成長によって〈母親〉が育つという「母育て講座」でもある。

 「〈あいさつ〉のちから」の冒頭、『内田樹の研究室』(2008年3月7日、内田樹さんのブログ)にあった「ひとりでは生きられない度」という言葉の意味について、お母さんたちといっしょに考えてみた。

 なぜかというと、近年の幼児教育、初等教育では、(やがて大人になる子どもたちの)「自立」を大きな目標としている。つまり、「他人に迷惑をかけずに、ひとりでも生きられる大人をめざそう」というのだが、早い話が、私たちがよく知っている大人の社会では「他人に迷惑をかけずに」、あるいは「他人の世話にならずに」生きていくことなどできない。そんなことは「大人の常識」である。それなのに、子どもたちの教育目標は「ひとりで生きられる大人=自立」のままであり、そのことにだれも疑問を差し挟もうとしない。

 神戸女学院大学名誉教授である内田さんは、そこに切り込んだのである。

 そもそも、人間は最初から「ひとりでは生きられない」ように設計されており、「ひとりでは生きられない」からこそ共生する(扶け合って生きる)というのが人間のデフォルト(初期設定、標準仕様)であり、その人が愉快に生きていくために、どれほど多くの「他者の存在を必要としているか」が、社会的成熟度の数値的な指標となるととらえた内田さんは、これを「ひとりでは生きられない度」と命名した。つまり、どれほど多くの「人にお世話になっているか」が、社会人としての成熟度の目安になるというのだ。

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