連載「つたえること・つたわるもの」(34)
「わたし」「わたくし」、「さま」「どの」、「さん」「くん」。
連載 2018-02-13
大学時代の私は、同学年や下級生を呼ぶときは「君(くん)」、クラブの先輩には「さん」あるいは「◎◎先輩」、ゼミの指導教授はもちろん「▲▲先生」だった。そして、会社員になってから十数年あまりは、先輩社員は「さん」、同期入社組と後輩の男子社員は「くん」、女子社員は先輩・後輩の別なく「さん」づけで呼んでいた。専務、常務などの役職者を呼ぶときは、会議など公の場では「□□専務、▽▽常務」だが、日常業務の中では「□□さん、ご相談があるのですが」などと、一般の先輩社員と同じように呼んでいた。もっとも、私は比較的自由な雰囲気の編集局所属だったからで、販売や広告の営業局では公の会議ではもちろん、日常業務でも、終業後の飲み会でも「▽▽常務」「□□専務」のように役職名つきで呼ばれていた。
その私が、四十歳代半ばに「第一編集部長」を拝命した。それまでは、ずっと「目上(先輩、上位の役職)」には「さん」、女子社員と同僚・後輩男子社員には「くん」で通してきた。しかし、部長になったせいで、自動的に部下になった年上の先輩社員はひきつづき「さん」でいいとしても、同期入社や後輩男子社員をいつまでも「くん」では不自然だと思った私は、全員を「さん」で呼ぶことにした。
いざ、全員「さん」に統一してみると、とても「ごく・らく(極楽)」な気分になった。その後は、現在まで三十年あまり、大学の教員(非常勤講師)になってからも、学生の名前を呼ぶときは男子学生も「さん」づけにした。もっとも、大学の教員同士の場合には、昔から「先生」と呼び合う習わしがあるようで、65歳で教員になった私は、恥ずかしながら妥協して、「郷に入っては郷に従え」の戦術をとることにした。
「先生」という敬称は、なるほど便利な呼び方だが、「恩師」と呼べるほどの「先生」は少ない。私が恩師と呼ぶ「先生」は三人、操体法の創始者・橋本敬三先生、西野流呼吸法の創始者・西野皓三先生、作家の遠藤周作先生である。しかし、それは私の心の中におられる恩師(先生)であって、もとよりほかの人たちにとっての恩師(先生)ではない。だから、私は雑誌のエッセイや論考を寄稿するときには、必ず、橋本敬三さん、西野皓三さん、遠藤周作さん、と書く。心の恩師である「先生」を、安売りしてはならない。
【プロフィール】
原山 建郎(はらやま たつろう)
出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員
1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。
2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。
おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。
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