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連載「つたえること・つたわるもの」(34) 

「わたし」「わたくし」、「さま」「どの」、「さん」「くん」。

連載 2018-02-13

出版ジャーナリスト 原山建郎

 毎年11月下旬か12月初旬、文教大学湘南校舎ではキャリア教育の一環として、就職活動を目前に控えた大学三年生を対象に面接対策合宿を行っている。私も10年以上にわたって模擬面接官をつとめている。

 企業の採用面接は、日ごろはカジュアル(私的)な言葉で友人たちと会話を楽しむ「半おとな(学生)」たちが、「おとな(面接官)」とフォーマル(公的)な言葉で対話する、初めての場面である。フォーマルな言葉とは、敬称や敬語を用いて自分の考えを相手に伝える言葉、学生にとっては「よそ行き」の言葉となる。

 日ごろ、「ボク」「私(わたし)」「オレ」「自分」を用いる学生のために、ウォームアップから入る。

「ビジネス社会では、カジュアルな「ボク」、「私(わたし)」ではなく、フォーマルな〈わたくしは〉を使います。それでは全員で、〈わたくしは〉を10回、連呼します。〈わたくしは〉、〈わたくしは〉……」

 このエクササイズには、三つの効果がある。

 一つ目は、〈わたくしは〉から話しはじめると、そのあとが半ば自動的に「よそ行き」の、敬語表現をまじえたフォーマルな言葉づかいになる。つまり、「ボクは、よく知らない」「わたしは、わからない」「オレ、そんなこと知らねえよ」「自分は、わからないであります(体育会系)」ではなく、たとえば、「申し訳ありません。わたくしは、よく存じておりません」のようになる。しかし、この言い方は堅苦しく感じる言い方なので、もう少し柔らかい表現の「すみません。わたくしは、よく存じません」でもよいだろう。

 二つ目は、〈わたくしは〉を一音一拍ゆっくり発音すると、〈わ・た・く・し・は〉のように、次につづく言葉のリズムもゆっくりになる。私たちは、いまという瞬間に、ひとまとまりの話題(トピック)を口から言葉に出しながら、心の中では次に話そうと思うトピックを、わずかな時間差を利用して考えている。したがって、話し方が早口になればなるほど、次のトピックを考える時間がなくなり、途中で絶句して天を仰ぐ学生、「あれっ、いまどこまで話しましたっけ?」と、話のすじ道を聞き手に訊ねる学生も出てくる。

 三つ目は、あたまで「この場合には、ボクは、でなく、〈わたくしは〉を使う」と考える前に、10回連呼エクササイズでからだにインプットされた〈わたくしは〉の身体記憶が、無意識かつ違和感なく、次のフォーマルな言葉づかいを導き出してくれる。間違っても「〈わたくしは〉、知らねえよ」のようにはならない。

 就職活動中の学生は、複数の志望企業に宛てて、何通ものエントリーシートを提出する。日ごろは、メールでのやりとり、ツイッターの書き込みが、主たるコミュニケーション手段である彼らは、正式な(紙の)手紙を書くという経験がほとんどない。したがって、履歴書やエントリーシートといっしょに入れる添え状(送付状)や封筒の表書きで、宛名の敬称をどう書いたらいいか、という質問を受けることが多い。
また、エントリーシートに志望先(企業)をどう表現するかといえば、相手を敬う呼び方(敬称)の「貴社(貴行)」であり、面接など口頭で伝える場合には、やはり相手を立てる呼び方(敬称)の「御社(御行)」である。採用担当者は自社のことを、へりくだって「小社(弊社)」と呼ぶ。面接などで(志望企業の)役職者の姓(苗字)+役職で言うときに、「●●部長様は~」では役職名も様も敬称なので、屋上屋を重ねる「二重敬称」になる。相手の姓を使いたければ、「●●部長は~」(姓+役職名)とするとよい。

 応募書類の宛先名が、企業名「○○株式会社」、部署名「人事課(採用係)」であれば、その下に「御中」をつける。採用担当者の個人名「人事課△△」まで入れる場合は「様」と書く。また、職名の「人事課長」あてに「人事課長様」とは書かない。人事課長の個人名◇◇を調べて「人事課長 ◇◇様」と、職名の下に個人名を書いて「様」をつける。「様」の代わりに「殿」をつけて「人事課長 ◇◇殿」のほうが、フォーマルだという人がいるが、近年では「殿」は目上の人が目下の人に使うとされており、使わないほうがよい。

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