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連載「つたえること・つたわるもの」(34) 

「わたし」「わたくし」、「さま」「どの」、「さん」「くん」。

連載 2018-02-13

 この辺になると、「相手を敬う・相手を立てる、自分がへりくだる」呼び方、「目上・目下」など、耳慣れない言葉の連続に、就職活動のレクチャーを受けている学生たちは戸惑いを隠せない。これはまず、相手に対する呼び方(敬称)には「間接表現」が用いられる、という日本語独特のルールを理解する必要がある。

 上古代の日本には、「言霊(ことだま。言葉には霊的なパワーがある)」という考え方があり、その言葉を口にする(声に出して言う)と、その言葉(が意味するもの)が実現してしまう、と信じられていた。とくに、その人の名前をそのまま口にすると、その人のたましい(霊的ないのち)がこちら(口にした人)に引き寄せられると信じられ、名前を直接呼ぶのは求婚(プロポーズ)のときなどに限られていた。たとえば大泊瀬稚武天皇(雄略天皇)が詠んだ万葉秀歌、「籠(こも)よ み籠持ち 堀串(みぶくし)持ち この丘(おか)に 菜摘ます兒(こ) 家き(聞)かな 告(の)らさね (中略)我こそは 告(の)らめ 家をも名をも」は、野草を摘む乙女に名を尋ね、自分も家(出自)と名を明かす、求婚の和歌なのである。

 さて、ここで接尾語の敬称である、「様(さま)」と「殿(どの)」の語源を調べてみよう。

 まず、「様(さま)」という接尾語は、間接表現を用いた敬称で、相手の様子・姿(ありさま。あたりの様子)を示す言葉で、「相手のいるあたり」を指す「様」を用いた間接表現からきたもの。もう少しくだけた呼び方である「さん」は「さま」がなまったもの、「ちゃん」は「さま」の幼児語的な呼び方である。

 次の「殿」という接尾語は、本来は「高い床を張った建物に住んでいる、(高貴なお方のあたり)」を指す言葉であり、室町・鎌倉以降の武士の時代には「主君」を敬って「殿(との)」といい、江戸時代には大名や旗本を敬って「~殿(どの)」というようになった。しかし、近年(明治~敗戦までの昭和期)では身分の低い職位の者に「殿(どの)」をつけるようになったことから、現在では「殿」という接尾語が、目上(年齢、地位、階級が上)の人が、目下の人に向けて使う言葉としてあつかわれるようになった。

 ちなみに、身分や地位の高い人を呼ぶときには、殿下(殿舎の下から申し上げますという意。こちらがへりくだった呼び方。以下同じ)という。このほかにも、天皇皇后・皇帝・王の敬称である陛下(宮殿の階段の下)、大統領・首相・大使の敬称である閣下(高殿の下)などの接尾語(敬称)がある。

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