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連載「つたえること・つたわるもの」(74)

ほどく→ほどける/ゆるめる→ゆるむ〈ほとけごころ〉講座。

連載 2019-09-24

 〈ほとけごころ〉講座では、〈ほとけ〉とは「やまとことば」の「解(ほど)け」、あらゆる束縛からの解放(とき・はなつ)であり、解(ほど)けた身心は気持ちよく「弛(ゆる)む」ことを学ぶ。そして、私が考える「やまとことば」の〈ほとけごころ〉は、「と(解)く」のではなく「ほと(解)け」としてはたらき、「ゆる(弛)める」のではなく「ゆる(弛)む」はたらきとしてあらわれる。

 他動詞(動作・作用を他に対するはたらきかけとしてあらわす)の「とく・ほどく、ゆるめる」という動作語には、固く結んだ靴の紐を「と(解)く」、自分で努力してからだを「ゆる(弛)める」という自力(意識)のニュアンスがある。これに対して、自動詞(動作・作用をそれ自身に対するするはたらきとしてあらわす)の「解(ほど)ける・ゆる(弛)む」には、靴の紐が自然に「ほど(解)け」た、からだが無意識に「ゆる((弛))む」などのように、他力(無意識)のイメージがある。それでは、自力で身心の自縄自縛を「ほど(解)」くのか、あるいは自力にこだわる執着を「と(解)き・はな(放)」ち、自然に「ほど(解)ける」他力のはからいに任せるのか。同じように、自分の意志や努力で「ゆる(弛)める」のと、自然に「ゆる(弛)む」のでは、その意味合いが大きく異なってくる。

 「ほどき」の自動詞形「ほどけ」が、「ほと(解)け」の語源ととらえた野口体操の創始者、野口三千三さんの言霊(ことだま)的な身体観は、あらゆる束縛からの「ほど(解)け」が、肉体の滅失(死後の解放)だけでなく、たとえば野口体操などでからだが「ゆるむ」ことによって、この生き身の「ほどけ(身心の解放)」を得ることができる。死後の「ほどけ」を追い求めるのではなく、いま生きている一瞬一瞬の「ほどけ」を大切にして、そのひと連なりを体感して生きる実感を「仏(ほとけ)」に重ねたものである。

 自分の(綯った)縄で自分自身を縛る「自縄自縛」がある。また、禅語に「無縄自縛(むじょうじばく)」がある。「無縄自縛」のほうは、そもそも自分を縛っている「縄」それ自体がない、それなのに勝手に縛られていると思い込み、その(存在しない)「縄」をほどこうとしているにすぎない、という。自分を縛っている「縄」があるという自己催眠をかけている、と言い換えることもできる。

 また、「解脱(げだつ)」という仏教用語を国語辞典で引くと、「煩悩に縛られていることから解放され、迷いの世界、輪廻などの苦を脱して自由の境地に到達すること」と書かれている。これは「私という人間をがんじがらめに縛りつけ、身動きができなくしている煩悩(人間の「苦」を生み出す心のはたらき)・迷い・輪廻(人間の死後、苦しみと迷いの世界を永遠に生まれ変わり、死に変わり続けるという考え。古代インドの輪廻転生思想。本来の仏教では輪廻思想そのものを否定する)の縄を「解き」、「脱出」して、悟りの境地に達するというほどの意味だが、これも「無縄自縛」の考え方に立てば、「私たちを縛りつけている縄」は、あるように見えるが、実は「存在しない縄」で自縄自縛している、だけなのかもしれない。

 言語研究者(日本語教師)の泉原省二さんは、和語の「とく」には、かたく強張ったものを、ふわっと「ほぐす・やわらげる・やさしくする」、「硬く張りつめていた心が、柔らかく、和らぐ」などの働きがあるとして、「とく/とける」と「ほどく/ほどける」の用例を挙げている。(※は漢字・音読み熟語の用例)

① 解(と)く:難(かた)く難しい問題の答えを見つける。※解答、解決、図解
② 溶(と)く:固(かた)く固まっていたものが水になじむ。※溶融、水溶液
③ 説(と)く:理解し難(がた)い考えをわかりやすくする。※説得、説話、説明
④ 梳(す)く:硬(かた)く強張った髪に空気を入れて柔らかくする。「髪をと(解)く・と(解)きほぐす」ともいう。
⑤ 熔(と)・鎔(と)・融(と)+ける:金属などが扱いやすくなる。※熔鉱炉、鎔鋳、融解
⑥ ほどく:解(ほど)く※解体、分解
⑦ ほどける:解(ほど)ける。※寛解

 〈ほとけごころ〉の用例に、「悪さばかりしているあいつも、とうとう〈ほとけごころ〉が出たか」という言い方がある。「あいつも、そろそろ年貢のおさめどきだ」というニュアンスに近い。

 同じような表現で、「鬼面仏心(外見は怖い顔をしているが、ほとけのように優しい心を持っている)」や「鬼の目にも涙(冷酷で無慈悲な人間でも、ときには同情や憐れみを感じて涙を流すというたとえ)もある。つまり、どんな悪人であろうとも、思いもかけぬ「機縁(ある物事が起こったり、ある状態になったりする、きっかけ)」にふれるとき、その悪人の内なる〈ほとけごころ〉があらわれるという。

 やまとことば(ひらがな)でとらえる〈ほとけごころ〉で、こころが〈ほどけ〉からだが〈ゆるむ〉。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう) 
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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