連載「つたえること・つたわるもの」(74)
ほどく→ほどける/ゆるめる→ゆるむ〈ほとけごころ〉講座。
連載 2019-09-24
出版ジャーナリスト 原山建郎
今月から、文教大学オープンユニバーシティ(社会人講座)『「やまとことば」でとらえる〈ほとけごころ〉』講座Ⅰ(全6回)・Ⅱ(全5回)が始まった。パンフレットの講座紹介文を、次のように書いた。
――インドではブッダ(buddha)、中国では仏陀と呼ぶお釈迦さまを、なぜ日本では〈ほとけ〉と「やまとことば」で訓読したのか、まだ文字を持たなかった上古代の日本人のこころになぜ浸透していったのか。ひらがな(感覚ことば)と漢字(意味ことば)から、日本人の〈ほとけごころ〉をさぐります。――
仏教の法事などで読誦されるお経(仏典)は、すべて漢字(中国語)で書かれた経文を中国語(呉音)で読み上げる。これは紀元前5世紀にインドに生まれたお釈迦さまが説かれた口伝を、弟子たちが何度もの結集(編集)を経てまとめた古代インド語の仏典が、中国(隋・唐の時代)で漢訳(古代インド語の発音と意味を漢字に翻訳)され、その仏典が朝鮮半島を経由して、6世紀の日本に伝えられたものだ。中国語の仏典にある「仏陀(お釈迦さま)」は、仏教伝来当初は日本でも〈ブッダ〉という漢字の音読みに加えて、やがて「やまとことば」の〈ほとけ〉と訓読されるようになる。たとえば、漢字の「仏心」を音読すると〈ぶっしん〉だが、これを「やまとことば」で訓読すると〈ほとけごころ〉となる。
この漢語(音読み熟語)を和語(訓読み・やまとことば)で考えるという発想は、初めて上梓した拙著『からだのメッセージを聴く』(日本教文社、1993年→集英社文庫、2001年)の前書きに出てくる。
初めに、人間の身体と精神を「体と心」という漢字ではなくて、「からだもこころも、平仮名で考えよう」という提案をしたいと思います。もとより、からだには「からだ」的側面だけでなく、からだの「こころ」的側面があり、こころにも「こころ」的側面だけでなく、こころの「からだ」的側面があります。また、同じ平仮名でも、音読みの体(たい)とか心(しん)ではなくて、訓読みの「からだ」「こころ」という日本語の原点に立って考えてみたいのです。
まず「からだ」です。これは自己流の解釈ですが、「からだは空(から)だ」、つまり「空っぽ」ということではないかと思います。これを英語でいえば「からだはOpen System(オープン・システム)で、内側にも外側にも開かれた存在である」ととらえることができます。したがって、理想的なからだのありようというのは、じつは「空っぽ(エンプティ)」であることなのです。(中略)
次に「こころ」です。「こ」という音は、肩がこる、盆栽にこるの「こ」。つまり、あるところにとどまって、固くなった状態をさしている音が「こ」です。「ろ」という音は、日本語の「ラ行」独特の回転音の一つです。からから、きりきり、くるくる、あれあれ、ごろごろ、の仲間の音です。したがって、「こころとは、あるところにとどまって見えているようでいて、いつもころころ変わるもの」という解釈ができるのではないでしょうか。そして、「こころ」は、ころころ変わるから頼りがないものだというのではなくて、(中略)「こころには形がない、形が一定していないからこそ、あらゆる形にあらわれることができる」ということです。もし、こころは「これだ」という一つの形が決まってしまうと、それ以外の形はこころではない、ということになってしまいます。
(『からだのメッセージを聴く』「プロローグ」)
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