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連載「つたえること・つたわるもの」(44)

膝を打つ・相槌を入れる、話し手・聴き手、感動の共振・共鳴。

連載 2018-07-10

 ところで、1987(昭和62)年12月8日にオープンした、東京・お茶の水のカザルスホールは、二十世紀を代表するチェロの巨匠、パブロ・カザルスの名前を冠した室内楽専用のホール(定員550名)で、小ぢんまりしたシューボックス(靴箱)型がその特徴である。同ホール建設に当たっては、さまざまな条件で室内音響のコンピュータ解析が行われ、座席の適正な位置や向き、正面のパイプオルガンや演奏フロアのレイアウト、壁面の材質など、もっとも心地よい響きをもたらす室内音響のプランが練られた。その条件の一つに、初期反射音が客席に到達する角度と時間がある。客席が満席・8割・6割の場合と条件を変えて、ピアノやチェロを弾いてみる(これは生音)と、室幅の狭いシューボックス型ホールでは、反射音の微妙な違いが出る。かつてカザルスホールは、弦楽器が美しく響く音楽ホールとして知られていたが、2010年3月以降、日本大学(所有者)の意向で、残念なことに現在でも音楽活動は停止されたままである。

 さて、私が考える「心地よい響きをもたらす」要素に、プレイヤー(演奏者や声楽家)自身の「からだ」と、オーディエンス(聴衆)の「からだ」という、双方向にはたらき合う、二つの「からだ」がある。

 私たちの声は、声帯を振動させることで「発声」する、と説明されることが多い。しかし、本当に「のど(咽喉)」から「声」が出ているのだろうか。その答えを引き出すヒントは、私たちの「からだ」にある口腔(口の中)、頭蓋腔(頭蓋骨の中)、胸腔(呼吸活動の容器)、腹腔(消化活動の容器)という、4つの「ホール(空洞)」にある。もちろん、「発声」のきっかけは声帯の振動だが、そのわずかな振動がまず口の中(口腔)を震わせ、頭の骨を震わせ、さらに胸を震わせ、お腹を震わせ、からだ全体を震わせることで、周囲の空気を振動させ、その音波(声の波動)が空気を伝わって、相手の「からだ」にまるごと届く。

 胸に手を当てて「あー」と言うと、胸腔に「あー」と響いて届く。次に、お腹に手を当てて「あー」と言ってみると、今度はあまり響かず届かない。ゆるんだ「からだ」でないと、「あー」がお腹に届かない。

 相手の「からだ」に届くということは、相手の耳の奥(鼓膜)を震わせるだけでなく、相手の頭の骨(口の中も)を震わせ、その胸もお腹も震わせながら、相手の「からだ」全体を震わせ、そして伝わっていく。

 あの広いオペラハウス全体を震わせるような歌声で知られる、あのオペラ歌手はマイクを使わない。もちろん特殊な反響板などの音響効果もあるのだが、オペラ歌手はすでに「声楽器」と化した「からだ」全体を震わせ、オペラハウスの建物全体を震わせ、オペラを聴きに集まったオーディエンスの「からだ」をも震わせる。それと同時に、オペラ歌手の「からだ(歌声)」を美しく伝える(反射する)オペラハウスの「からだ(建物)」はもちろん、それを「心地よい響き」として感じるオーディエンスの「からだ」もまたオペラハウスをかすかに震わせながら、聴き手(オーディエンス)という、一つの楽器に変身する。

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