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連載「つたえること・つたわるもの」101

学校や職場に忍び寄る〈スクリーン・ニューディール〉の影

連載 2020-11-24

出版ジャーナリスト 原山建郎

 前回のコラムで、ナオミ・クラインの〈ショック・ドクトリン(惨事便乗型資本主義)〉を紹介したが、8月11日に放映されたNHKBS1スペシャル「コロナ危機 未来の選択」でも、新型コロナウイルスのパンデミック(感染爆発)の混乱に乗じて加速する〈スクリーン・ニューディール〉に警鐘を鳴らしている。

 〈スクリーン・ニューディール〉とは、1930年代のアメリカで、フランクリン・ルーズベルト大統領が世界恐慌を克服するために行ったニューディール(経済回復)政策の「オンライン版」で、今回のパンデミックを機に教育や経済、医療などの分野にIT(情報技術)および、それをさらに進めたICT(情報通信技術)の普及を一気に加速させようとする動きをいう。IT(Information Technology)はパソコンやインターネットなどの情報技術のだが、ICT(Information and Communication Technology)は教育や医療の現場などで情報通信技術を活用したコミュニケーション(双方向の情報伝達)を意味する。

 先のNHKBS1「コロナ危機 未来の選択」で、ナオミ・クラインは重要なコメントを発している。
 ☆グーグルがリモート学習のシステムから個人情報を不正に収集していると、ニューメキシコ州の司法当局から訴えられた。親権者の同意なしに13歳以下の子どもの様々な情報を取得していると。IT企業は公教育を市場と見なしているが、私たちは企業をコントロールできない。

 ☆今回のパンデミックで私たちは、インターネットは民主主義の基盤そのものだと気づいた。そうであるなら、私たちはこの技術を公共のものと捉えるべきで、民間のままであってはならないかもしれない。テクノロジーは、それを誰がコントロールするかがとても重要だ。

 ☆遠隔医療でも、緊急事態の雰囲気の中、急いで行われていること全てに注意を払うべきだ。個人の健康データのやり取りなど。心配なのは、パンデミックが、個人情報を守りたいとの思いを一気に吹き飛ばすチャンスとして利用されること。公共のための医療に営利目的の医療が侵入すること。

 前回のコラムで「この際、9月入学、9月新学期にすべきだ」という画策の是非について述べたが、よく調べてみると、いまから11年前(2009年)に当時の文部科学省が提唱した〈スクール・ニューディール〉政策がその底流にあったように思う。そこには「校舎の耐震化」「太陽光発電などによるエコ化」「公立中学校武道場の整備」とともに、「ICT環境の整備」が掲げられていた。

 そしていま、文部科学省のホームページには「GIGAスクール構想」の文字が躍っている。具体的には「児童生徒一人一台コンピュータ(端末)」の実現を見据えた施策パッケージの一例として、「臨時休業等におけるICTを活用した取り組み(県立川崎北高校)」、「ICTを活用した家庭学習(上越教育大附属中学)」などの動画がリンクされている。「GIGAスクール構想」は当初、2023年度末までに「児童生徒一人一台端末」が実現させる予定だったのだが、3年前倒しで本年度中(2021年3月末)に実現することになりそうだ。

 もとより「児童生徒一人一台端末」そのものを否定するものではない。パンデミックの混乱に乗じて出された「この際、(欧米標準に合わせて)9月入学、9月新学期にすべきだ」という〈ショック・ドクトリン〉まがいの議論と同じように、子どもたちに学校で一人一台のパソコン(情報通信・検索端末)を与えることがもはや目的化して、学校(教室・給食・運動場などのリアルな環境)を介した先生と級友との触れ合いの場で、元気に学び・遊ぶ・悩み・喜ぶ〈生きたからだ(身体)〉としての子どもたちへの視点が欠如している。

 海外メディアの記事を日本語に翻訳してweb配信するメールマガジン『クーリエ・ジャポン』に、英国ガーディアン紙(2020年8月13日)に載った、ナオミ・クラインへのインタビュー記事が紹介されていた。(https://courrier.jp/news/archives/208788)少し長い引用だが、〈スクリーン・ニューディール〉の問題点をさぐる手がかりになると思う。ナオミ・クラインは「コロナ以前のノーマル(日常)=スピード社会」に戻るべきではないという重要な提言をしている。ここでいうスピード社会とは、ITやICTを推進することで教育や経済の効率化、高速化をめざす〈スクリーン・ニューディール〉のことである。

「人の温もりを失い、監視が強化される」
――先ごろ「スクリーン・ニューディール」について書かれたエッセイに、あるテック企業CEOの発言を引用していましたね。「人間は有害物質になるが、機械はそうならない」という言葉にゾッとしました。

 ナオミ・クライン 「シリコンバレー(※アメリカ西海岸にある半導体産業や大手コンピュータメーカーが多数密集している地域)にはコロナのパンデミック以前から、人間の身体的経験のほとんどをテクノロジーの介在によって代替させる計画がありました。たとえば対面授業をバーチャル学習に、対面診療をリモート診療に、対面配達をロボット配達に置き換える構想があったのです。それがコロナの感染拡大以降、〈非接触型テクノロジー〉という新しい呼び名が与えられました。コロナの時代の今、接触することが問題だというのがシリコンバレーの主張です。

 しかし今、私たちが一番恋しいのは、この触れるという行為です。だからコロナといかに共生するか、その選択肢のメニューはもっと広げる必要があります。ワクチン開発はまだ先の話で、一般的に接種できるようになるのは数年先になるかもしれないのですから。では、コロナとどう向き合っていけばよいのでしょうか? コロナ以前の「日常」に戻ろうとしても、大幅な制約の中で、そこにはもはやかつてのような人と人との関係はないでしょう。

 教育についていえば、子供たちの学習すべてにテクノロジーを介在させるのか? それとも人に投資していくのでしょうか? ここで〈スクリーン・ニューディール〉に資金を注ぎ込んでも、生活の質を下げるようなやり方で問題を解決することにしかなりません。それよりも、なぜ学校の先生を大量に雇用しようと思わないのでしょうか。クラスの生徒数を半分にして教員数を2倍にしたり、屋外で教える方法を考えないのでしょうか。 

 今の危機が示しているのは、〈コロナ以前の日常〉に戻る必要はないということです。コロナ以前に戻したところで、監視はますます強化され、スクリーン画面はますます増え、そして人と人との接触は希薄になるだけです。」
(『クーリエ・ジャポン』ナオミ・クラインが警鐘「コロナ前のスピード社会に戻るべきではない」)

 「デジタルデバイド(digital divide)」という言葉がある。コンピュータやインターネットなどの情報技術を利用したり使いこなしたりできる人と、そうでない人の間に生じる貧富や機会、社会的地位などの格差。個人や集団の間に生じる格差と、地域間や国家間で生じる格差のことだが、いま流行りのクラウド・コンピューティング(cloud computing=コンピュータ資源を、通信ネットワークを介して遠隔から利用するシステム形態)もまた、デジタルデバイドを解消するための手段の一つである。

 しかし、よほど注意しないと個人や集団からの貴重なデータ(個人情報)が外部に漏洩したり、買い物や移動の行動履歴がビッグデータに利用されたり、悪意ある第三者の監視下におかれるリスクがある。

 先日も、医学系イベントの申し込みサイトから「弊社保有のお客様の個人情報が引き出されている可能性があることを認識し、外部の調査会社による調査を行った結果、10月○日から10月▲日にかけて発生した不正アクセスにより、お客様の個人情報を含むお客様情報(氏名、メールアドレス、暗号化されたパスワードなど)が最大677万件引き出された事実が判明しました。」なるメールが届いた。登録したIDやパスワードを再設定してほしいと内容だが、一瞬、フィッシングメールかと危ぶんだ次第である。

 ナオミ・クラインはNHKBS1「コロナ危機 未来の選択」の中で、どこまでもスピード社会を目指す〈スクリーン・ニューディール〉から、環境保護にゆっくりと歩調を合わせた〈グリーン・ニューディール〉へのパラダイムシフト(その時代において当然のこととされていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的かつ劇的に変化すること)、経済成長最優先政策からのスローダウンを訴えている。

 ☆過剰な消費を改め、私たちがどう変われば地球を他の生物と共有できるかを考えるべきだ。気候危機で災害が増え、新たなウイルスも出現する。複数の危機を同時に解決するビジョンを持つべき。重要なのはこの数年をどう過ごすか。元に戻るのでなく、スローダウンこそが求められている。

 ☆グリーン・ニューディールは、環境保護運動から生まれた多くのアイデアを組み合わせたもの。再生可能エネルギー100%を目指す経済分野への投資が重要だ。私たちがすぐに全てを解決しようとテクノロジーに頼って突き進み、グリーン・ニューディールに使うお金が残らないことを懸念する。


【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう)
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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