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連載「つたえること・つたわるもの」(25)

落語家の「つかみ」、ビジネス小咄の作り方。

連載 2017-09-26

出版ジャーナリスト 原山建郎
 落語家の話芸のひとつに「つかみ」がある。落語家が座布団に座って発する第一声、聴衆に投げかける小咄のことだ。その軽妙な語り口で聴衆を引きずり込む「つかみ」がうまくできるかどうか、それがあとの本題(演目)につながる勝負どころだと言われている。すべて、何事も最初が肝心なのである。

 すでに紹介した「40字力」で分析すれば、「つかみ」は60字から140字の話題(パラグラフ)を三つか四つ、全部で400字ほどの小咄になる。一つひとつの話題の合間に、聴衆の笑いや話の間(ま)が入るので、「つかみ」そのものは一分程度の話だが、ひとたび興が乗ってくれば二分、三分の「つかみ」になる。

 たとえば、「あれから40年……」の毒舌でおなじみの漫談家・綾小路きみまろは、たくさんの400字「つかみ」ネタを連発して、約一時間の爆笑スーパーライブを行っている。しかも、最後には、おまけの延長ネタとして、「ただいま、予定時間を経過いたしました。残業に入っております!」という決め台詞で会場の爆笑を誘う彼のプログラムは、文字通り、名人芸というほかはない! 完全に脱帽のひと言である。

 物語には、必ず話のすじ道(ストーリー)がある。「一分間スピーチ(400字の物語)」には、聞き手を引きつける「つかみ」のインパクト、〈伝わる〉ちからがこもっている。聞き手は、その物語がどのように展開するのか、その先のストーリーを心でイメージしながら耳を傾ける。聞き手が期待するストーリーを提供するのか、それとも予想外のストーリー展開でびっくりさせるのか、ここが話し手の腕の見せどころだ。

 たとえば、「きのう、スカイツリーのある、東京ソラマチへ遊びに行きました」で始まる第一文は、それに続く第二文、第三文に「何がくるか」によって、さまざまな文脈(話のすじ道)に変化していく。

 第二文が「スカイツリー展望デッキに上りました」であれば、次は「料金はちょっと高めの、当日券2,060円です」、または「日曜日だったせいか、一時間待ちの行列でした」、あるいは「地上350メートルからの眺めは最高でした」とつながる。

 また、第二文が「すみだ水族館に行きました」であれば、きっと「たくさんのくらげを見ました」か、「ペンギンとオットセイがかわいかった」と続くのではないか。

 これが「世界ビール博物館で、暑気払いの乾杯をしました」であれば、「風が涼しいテラス席に陣取りました」、あるいは「ビールの肴はジャーマンソーセージでした」と続けてもいいだろう。

 〈東京スカイツリー〉を題材にして、一分間=400字の物語を〈伝える〉演習をしてみよう。

 まず、全体をひと言で要約する①キーコンセプト(物語の主題)を、それぞれ40字でまとめてみる。

 ①「きのう、同じ職場のグループで、スカイツリーのある東京ソラマチへ遊びに行きました。」

 次に、第二文候補の話題、②「スカイツリー展望デッキ」③「すみだ水族館」④「世界のビール博物館」を、各々120字のパラグラフ(物語の話題)にまとめてみる。

 ②「最初に、スカイツリー展望デッキに上りました。料金はちょっと高めの二〇六〇円です。日曜日だったせいか、一時間待ちの行列でしたが、おしゃべりしている間に、すぐ順番がきました。遠くに富士山、眼下に隅田川、地上三五〇メートルからの眺めは最高でした。」

 ③「次に、五階にあるすみだ水族館に行きました。私たちのお目当ては、見ているだけで心がなごむ癒し系の水槽で、気持ちよさそうに浮かんでいる、たくさんのくらげを見ました。おおきな揺りかご型の水槽で遊ぶ、ペンギンとオットセイのしぐさもかわいかったです。」

 ④「きょうの締めに、世界ビール博物館で、暑気払いの乾杯をしました。混雑している店内を避け、風が涼しいテラス席に陣取りました。ビールの肴は本場ドイツの、ジャーマンソーセージとザワークラウトでした。みんな、ビール中ジョッキを二杯ずつお代りしました。」

 「スカイツリー」物語を構成する文字数は、①40字+②120字+③120字+④120字=合計400字となる。これをふつうの早さで話せば、一分間スピーチができあがる。

 基本的には、140字ブロックを二つか三つ積み上げて、およそ「400字」(380~420字)の「一分間スピーチ」の物語(すじ道)を組み立てるのだが、今回の「スカイツリー」物語の演習例では、40字(物語の主題)ブロック一つに、120字(物語の話題)ブロックを三つ、積み上げた。

 この「一分間=400字」物語の手法は、たとえば新入社員が行う「自己紹介」、面接試験で自分を売り込む「自己アピール」、社内会議で発表する「調査報告のあらまし」、プレゼンテーション冒頭の「企画提案の狙い」を述べるとき、いつでも使える〈つかみ〉のビジネス小咄となる。さて、おあとがよろしいようで!

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう) 
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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