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連載コラム「つたえること・つたわるもの」(23)

メモをとりながら〈聞く〉、メモをとらずに〈聴く〉。

連載 2017-08-22

出版ジャーナリスト 原山建郎
 「人の話を聞く(ヒアリング)」、「人の話を聴く(リスニング)」の手がかりに、数年前、大学で行った「リスニング演習」を紹介する。漠然と聞く(hear about)と、傾聴(listen to)の違いに注目してほしい。

 リスニング演習の最初に、『私(原山)が書いた雑誌のコラムA(八〇〇字)を朗読するので、「筆者がいちばん伝えたいこと」は何かを答えよ、メモはとってよい。次に、コラムB(八〇〇字)を朗読するが、こんどはメモ禁止、目をつぶったまま聞いて、同じ問いに答えよ』、という指示を出した。

 全員の発表(コラムAとBのリスニング→「筆者がいちばん伝えたいこと」)のあと、メモをとりながら聞いた場合と、メモをとらずに聴いた場合とでは、どちらが朗読のリスニングに集中できたか、その答えを深く考えることができたかをたずねると、ほとんどの学生が「メモをとらずに聴く」方に手を挙げた。

 この演習の目的は、実は答えのクオリティ(発表の中身、レベルの高低)ではない。リスニングにおける集中度、あるいは理解度の深さである。たとえば、集団討論(グループディスカッション)の演習では、発言の少ない学生を観察していると、「メモをとる」作業に追われ、意見をまとめる余裕がなくなっている。

 また、メモのとり方にも問題があった。たとえば、語られた重要なセンテンス(句点で分けられる一続きの文)を正確な文章としてメモしている。当然、メモを書き終わらないうちに、次の新しいセンテンスが語られるので、次のメモが間に合わなくなる。あるいは、メモに気をとられているうちに、語られる内容を理解する余裕がなくなり、頭の中が真っ白になって、メモをとる作業が中途半端になってしまう。新聞や雑誌の記者は取材メモのプロだから、話を「聞く」+ポイントを「メモ」という二つの作業を苦もなくこなすが、日ごろ教科書やレジュメ資料を頼りにする学生たちには、かなりの苦戦を強いられる演習となった。

 「メモをとらずに聞く」といえば、新前記者時代のほろ苦い思い出がある。

 橋田壽賀子さんのインタビュー(談話取材)でのこと。橋田さんといえば、『おしん』(NHK連続テレビ小説)、『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系ドラマ)などの脚本で知られる放送作家だが、多忙な仕事の合間に一時間、インタビューを行った。はじめに録音の許可をとり、取材ノートをとらずに話をうかがった。録音した談話を再生して、橋田さんの語り口を原稿に生かそうと考えたのだ。新前記者だった私は、語り口を拾うメモにまだ自信がなく、「あとで録音を聞けば、正確に語り口を拾えるから」と手抜きを決め込んでいた。

 さて、編集部に戻り、いざ録音再生の段階で、「事件」が起こった。現在は性能のよいICレコーダー(※和製英語。英語ではdigital voice recorder)があるが、当時は磁気テープの録音機を用いていたので、磁気テープがからまる事故が発生し、橋田さんの談話はまったく録音できていなかったのだ。青くなった。このままではページに穴が空いてしまう。ここは叱られるのを覚悟で電話をかけて、橋田さんに録音機の故障事件をお詫びして、もう一度、インタビューをお願いした。すると、ありがたや! 地獄に仏のひと言……。

 「しょうがないわね。こんどはテープに頼らないで、ちゃんとメモをとってね」

 天下の橋田壽賀子さんに、前代未聞のやり直しインタビュー。今度は、ひと言たりと聴きもらすわけにはいかない。全身を耳にして、必死にノートをとる。なんとか原稿は締め切りに間に合ったが、冷や汗と脂汗が同時に流れる赤っ恥体験。もちろん、当時の鬼(?)デスクには、いまでも「内緒」のままである。

 その後、数多くのインタビュー(談話)取材を通して、次の「聞きながら+メモのとり方」を開発した。

 ➀「固有名詞」はできるだけ正確を期する

 話の中で、人の名前、地名、イベントの正式名称や開催地、本の書名、映画の題名、音楽の曲名などの固有名詞は、よく聞きとれなければ「どういう字を書きますか?」と確認をとる。

 ➁「数字情報」は単位記号まで書きとめる

 話のリアリティ(真実味、具体性)は、数字情報で立ち上がる。時間、重さ、長さ、速度、面積など、数値や数量と単位記号がわかれば、話の全体像をイメージしやすい。1mgと1gとでは、1,000倍も違う。

 ➂「話のすじ道」がわかるようにする。

 どんな話にも、必ず「すじ道(きっかけ+出来事+結末)」がある。話し手の「いちばん伝えたい・伝わってほしい」思いをさがすには、話の文脈(コンテクスト)に沿ったメモを心がけたい。

 ➃キーワード(フレーズ)だけをメモする。

 メモは「記憶のフック(ある単語から思い浮かぶ出来事)」なので、センテンス(短い文章)をまるごとメモする必要はない。キーワード(フレーズ)の走り書きから、話し手の語り口がよみがえってくる。

 以上の四項目は、話し手(取材先)が〈伝えたい〉アウトライン(概要)だけでなく、さらにディテール(詳細)に踏み込むノウハウだが、これだけ取材できれば五~六ページの記事を書くことができる。

 ところで、上記の聞き手(取材記者)と話し手(取材先)の立場を逆転させて、今度は取材記者(聞き手)が質問するときは、聞き手(取材先)に〈伝わる〉話し方(聞き方)のポイントにもなる。たとえば、➀から➂までの三項目は、「抽象的」になりやすい質問の意図を、より「具体的」に〈伝える〉ためのポイント(「固有名詞」を確認、「数字情報」の調査、「話のすじ道」に関するエピソードの聴取)としても使える。

 また、話し手(取材先)が語った「キーワード」をメモしておき、そのあと取材記者(今度は聞き手)が質問するときに、リフレージング(話し手のことばを繰り返す)の手法を用いて、「さきほどうかがった○○(キーワード)は、具体的に言うと……、たとえば? つまり?」と尋ねることで、さらに深掘りができる。

 しかし、ときには「メモをとりながら+聞く」ことができない場合もある。

 雑誌『主婦の友』の取材記者として、特別企画「子どもの自殺」を担当したときのことである。

 ある新聞で自殺した子ども(小学生)の記事を知り、その地方都市まで取材にでかけた。匿名を条件に母親に取材を申し込みんだが、丁重に断わられてしまった。

 しかたなく、せめてご仏壇にお参りしたいと申し出たところ、「どうぞ」と居間に招じ入れられた。
玄関の上がり框に取材ノートを入れたカバンを置き、奥の仏間で線香を上げ、両手を合わせていると、突然、「名前や地名を出さないなら……」と母親が口を開き、わが子を失った悲しみを語り始めた。予想外の展開である。取材ノートなしで、必死に心の耳を傾けて、母親の話を聴くことだけに集中した。

 その家を辞去して、しばらくの間、ゆっくり歩いたが、大通りへの道を曲がったところで、急いで喫茶店に飛び込み、いま聴いたばかりの話を、大きな字で取材ノートに書き込んだ。母親の話は三十分ほどだったと思うが、A五判の取材ノートで十五ページあまりのメモになった。

 「メモをとらずに+聴く」しかない状況の中で、話し手(母親)のいちばん〈伝えたかった〉思い(悲嘆と悔悟)が、聞き手(取材記者)の心にしっかりと〈伝わった〉のである。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう) 
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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