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白耳義通信 第86回

「ル・クルーゼとヴィクトール・オルタ」

連載 2023-11-21

鍵盤楽器奏者 末次 克史

 ついにやりました! ベルギーの地名を冠した競走馬・ナミュール号が11月19日に京都競馬場で開かれたマイルチャンピオンシップで優勝。実に8度目の G1 挑戦での戴冠でした。今年の G1 戦に於いてはあまりパッとせず、漸く10月の富士ステークス(G2)で勝利。今回こそはと思っていたら、直前になりムーア騎手が落馬負傷してしまい、乗り替わり。単勝オッズも急下降していました。道中は後方待機で、直線一気の追い込みで牡馬を蹴散らしての勝ち名乗り。急遽手綱を握った藤岡康太騎手に、14年ぶりの G1 勝利をもたらしました。次走は香港マイルという話もありますが、元気に走って貰いたいものです。

 さて、朝晩はもとより日中も寒くなってきました。こういう時は鍋料理に限りますね。日本では燕三条の鋳物が有名ですが、ヨーロッパで鋳物といえばル・クルーゼ Le Creuset が真っ先に思い浮かびます。特にオレンジ色のココットは、日本でも愛用されている方が多いのではないでしょうか。

 さてこのル・クルーゼ、元々はベルギーで誕生したのはご存知だったでしょうか。20世紀初頭、ブリュッセルでエナメル製品で富を築いた実業家オクターヴ・オベック Octave Aubecq と、アウデナールド Oudenaarde 出身の鋳鉄を専門とする実業家アルマン・デゼーゲル Armand Desaegher が、見本市で出会ったのが始まりです。二人は両者の素材の利点を組み合わせたいと考えて生み出されたのがル・クルーゼなのです。

 ル・クルーゼの鍋は鋳鉄製で、ホーロー仕上げが施されています。これは、非常に高い温度にも耐えることができ、エナメル層のおかげで、鍋を何度でも洗うことができます。昔は、いつまでも長く使える物を作るという職人の気概が感じられます。

 この鍋のアイデアはブリュッセルで生まれたのですが、鉄、石炭、砂の貨物輸送に理想的な場所であるフランス北部のフレノワ・ル・グラン Fresnoy-le-Grand に工場を建てることにしました。その後、オベックはフランスへ移住することになるのですが、ブリュッセルに住む別荘の設計を依頼したのが、アール・ヌーボーの父・ヴィクトール・オルタ Victor Horta なのです。

 ファサード(建物を正面から見たときの外観のこと)は並外れた素晴らしさで、想像力豊かな鉄細工で作られたいくつかのアーチとバルコニーがありました。石はベルギーのモダーヴ Modave から来ました。内部は、アール・ヌーボー様式のガラス細工、巻き毛の鉄細工、木製の要素を備えた階段の吹き抜け。家具や美術品もオルタ自身が選んだものです。

 ユニークな建物だったのですが、1950年、都市開発の為、取り壊されることになります。当時、アール・ヌーボーは時代遅れと考えられていました。しかし幸いなことに、当時の公共事業大臣がファサードを保護することに決め、現在ではブリュッセルのスカルベーク Schaerbeek 地区にある倉庫に保管されています。一般公開されることもあるので、アール・ヌーボーが好きな方には是非、訪れて頂きたい場所です。

 ル・クルーゼとオルタが結びつくとは思ってもいませんでしたが、まだまだ探せば意外な関係に行き当たりそうです。

【プロフィール】
 末次 克史(すえつぐ かつふみ)

 山口県出身、ベルギー在住。武蔵野音楽大学器楽部ピアノ科卒業後、ベルギーへ渡る。王立モンス音楽院で、チェンバロと室内楽を学ぶ。在学中からベルギーはもとよりヨーロッパ各地、日本に於いてチェンバリスト、通奏低音奏者として活動。現在はピアニストとしても演奏活動の他、後進の指導に当たっている。ベルギー・フランダース政府観光局公認ガイドでもある。

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