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白耳義通信 第83回

「夏の風物詩からゴッホへ」

連載 2023-08-22

鍵盤楽器奏者 末次 克史

 毎年、日本のお盆の時期に開催されるのが、ブリュッセルの花の祭典。偶数年に行われるのが日本でも良く知られているフラワーカーペットであり、奇数年はフラワータイムである。このフラワータイムは、2013年から始まった新しい企画で、今年で5回目を迎える。グランプラスに建つ市庁舎の15部屋が、ベルギーやフランス、ポルトガル、ウクライナ、インドネシアなど、海外を代表する23人のフローリストによる作品で埋め尽くされた。

 今年のテーマは「シュールレアリスム」。これはベルギーのシュールレアリスムを代表する画家ルネ・マグリット生誕125周年に因んだものとなっていて、フラワーアレンジメントの限界を押し広げた斬新な作品が人々の目を楽しませてた。

 このシュールレアリスムの前、つまり産業革命から第一次世界大戦まで開花したのがアールヌーヴォー。その先駆者的存在がヴィクトール・オルタであり、首都ブリュッセルでは、彼のアールヌーヴォー建築を今でも見ることができる。このアールヌーヴォー様式は、日本画や和服などからも影響を受けており、フラワータイムと時を同じくして、ブリュッセルのイベント会場で「アールヌーヴォーと日本芸術」と題した展覧会が行われた。

 この日本画の影響を受けた一人にオランダの画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ Vincent van Gogh がいる。ベルギーの南西に位置する炭鉱の町であったボリナージュ Borinage で、伝道師として活動していたのは知られるところである。しかし、ブリュッセル時代については余り知られていないのではないだろうか。かくいう私もブリュッセル時代については、お恥ずかしながら殆ど知らなかったわけで、ここで皆さんと共有したいと思う。

 25歳でブリュッセルに到着したヴァン・ゴッホは、ブリュッセルで絵の取引き、教育、本の販売など、そして神学の勉強をするも思うように行かず、父の勧めで3カ月ほど宣教師の訓練を受けることになります。「見知らぬ倉庫にいる猫のようだ」という言葉が残すように、精神的にも追い詰められていたようです。この時代、街を散歩していた時に描かれたスケッチ ”Au charbonnage” は、アムステルダムにあるヴァン・ゴッホ美術館で見ることができます。

 そんな灰色と言ってもよい時代、ブリュッセルからボリナージュへキリスト教の信仰を説きに行く訳ですが失敗に終わり、彼の言葉によれば「落胆して投げ捨てた鉛筆を手に取り、また絵を描き始める。」ことに。再びブリュッセルへ戻り、美術アカデミーの学生として絵を学ぶことになりました。

 実はヴァン・ゴッホが生前唯一絵を販売したのがブリュッセルだったのです。この絵は「赤いぶどう畑」”Rode wijngaard” と呼ばれる絵で、同じく画家のアンナ・ボッヒュ Anna Boch によって購入されました(モスクワのプーシンキ美術館所蔵)。

 今年はヴァン・ゴッホ生誕170周年。この秋、日本では東京のSOMPO美術館で「ゴッホと静物画?伝統から革新へ」という展覧会が行われるようです。

【プロフィール】
 末次 克史(すえつぐ かつふみ)

 山口県出身、ベルギー在住。武蔵野音楽大学器楽部ピアノ科卒業後、ベルギーへ渡る。王立モンス音楽院で、チェンバロと室内楽を学ぶ。在学中からベルギーはもとよりヨーロッパ各地、日本に於いてチェンバリスト、通奏低音奏者として活動。現在はピアニストとしても演奏活動の他、後進の指導に当たっている。ベルギー・フランダース政府観光局公認ガイドでもある。

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