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とある市場の天然ゴム先物 21

【国内1号】神戸のゴム先物取引所はどれくらいの取引があったのか?

連載 2021-08-24

大阪取引所 デリバティブ市場営業部 矢頭 憲介

 第3回の記事で、国内最初の天然ゴム先物の取引所は東京ではなく神戸に設立されたとお話しました。今回は神戸ゴム取引所の年史を紐解きながら、その歴史や取引状況について見てみましょう。

神戸に最初の取引所が設立された背景

 戦後、生ゴムの輸入は外貨割り当ての自動承認制の下で自由化されましたが、1950年6月の朝鮮戦争の勃発を契機として天然ゴム価格が乱高下し、多くの国内業者が損失を受けたことで「天然ゴム価格変動リスクのヘッジ」の必要性が高まりました。

 そこでヘッジ手段を必要としていた神戸のゴム取扱会社が中心となり、1951年12月に神戸に国内で初めてゴム取引所が設立され、1952年1月16日より天然ゴム先物の取引が開始されることになりました(初日の取引高は723枚)。

 神戸で国内最初の天然ゴム先物取引所が設立された背景としては、当時神戸が横浜とともに生ゴムの輸入陸揚げ港で、輸入商社はすべて神戸に本支店があり、そのため神戸でタイヤメーカーやその他ゴム工場向けの実物取引や地方向けの配送荷捌きをしていたことが挙げられます。

 なお神戸で取引開始後、東京でも取引所設立の機運が高まり、神戸から遅れること1年、1952年12月に東京ゴム取引所において取引が始まることとなります。

わが国ゴム工業勃興の地の碑

神戸市長田区新湊川公園に設置されている記念碑。ダンロップでゴム加工技術を修得した技術者が工場を建設し、ゴム靴、ゴム長靴等の生産が盛んになりました。ビーチサンダルも長田が発祥の地とされています。
出所:日本取引所グループ


神戸ゴム取引所

1952年当時の神戸ゴム取引所が入居していたビル。
出所:神戸ゴム取引所「46年史」

神戸ゴム取引所の取引状況

 東京より早く取引を開始した神戸ゴム取引所ですが、実際の取引状況はどうだったのでしょうか。

 神戸ゴム取引所の取引開始から1997年に合併して大阪商品取引所になるまでの期間について、神戸と東京の先物価格、取引高、取組高(建玉残高)、受渡高を比べてみましょう。

まずは先物価格(期先)の差です。

神戸と東京の先物終値(期先、月足)の価格差

出所:日本取引所グループ、神戸ゴム取引所「46年史」より筆者作成

 開所から10年の間では1kgあたり5円を超えるような価格差が生じることもありましたが、両取引所の取引が拡大を始めた1960年代後半以降は、1973年の第一次オイルショックの時期を除き、概ね両取引所の先物価格に大きな差は生じていない(=価格が連動している)ことが分かります。

 ただし、上図の価格差はあくまでも期先の値段であり、かつ月末時点の終値であることには注意が必要です。

 例えば1968年5月から8月における神戸ゴム取引所を舞台にした仕手戦(いわゆる「O社事件」)では、神戸の期近価格が暴騰し、1968年7月の両取引所の高値では13円超の乖離が生じました。この仕手戦における市場混乱の結果、神戸ゴム取引所では通常の決済ができずに建玉の総解合い(緊急措置として取引所が一定の条件の下で強制的に決済させること)を余儀なくされています。

 また1995年1月17日の阪神・淡路大震災では、神戸ゴム取引所はビルが倒壊するなど大きな被害を受け、数日間の取引停止ののち1月25日から再開されることになりましたが、その間に東京市場ではゴム価格が暴騰したため、両市場間で大きな価格の乖離が生じていました。この時は、神戸ゴム取引所の値幅制限を7円から3.5円に変更し、かつ取引再開日の東京の価格が大きく下落したことにより、両取引所の価格乖離は月中に解消されることとなりました。

 それでは次に、両取引所の取引高、取組高(建玉残高)を見てみましょう。

神戸と東京の一日平均取引高推移

出所:日本取引所グループ、神戸ゴム取引所「46年史」より筆者作成

 取引開始から1960年代後半までは両取引所とも薄商いが続きますが、取引高が徐々に伸びてくる1970年代から1990年初頭まで、神戸の取引高は東京の50~100%の水準で推移しています。

 一般的に同一商品の市場流動性は一つの取引所に集中する傾向がありますが、こちらのデータから、東京と神戸の天然ゴム先物は両輪となって市場の発展に貢献してきたことが分かります。

 ただし、1990年代に入ると東京は国内外の投資フローを獲得して大きく取引高を伸ばしていきますが、神戸はこの動きには付いて行けず、1995年の阪神・淡路大震災での被災も影響して徐々にシェアを減らしていくこととなります。

神戸と東京の年末取組高推移

出所:日本取引所グループ、神戸ゴム取引所「46年史」より筆者作成

 取組高(建玉残高)も取引高の推移と同様、1970年代以降、東京の50~100%の水準となっています。このことから、東京と神戸で取引するプレイヤーは地理による違いはあるものの、プロファイル的には近い投資家層であったことが推測されます。

 最後に受渡高も見てみましょう。

神戸と東京の年間受渡高推移

出所:日本取引所グループ、神戸ゴム取引所「46年史」より筆者作成

 こちらが先物取引を通じて現物の天然ゴム(RSS)が受渡された枚数となります。1970年代初頭では神戸の方が東京より多く、かつ1995年の震災の前後を除いて東京の75%超の水準を維持しています。

 このことから、当初の取引所設立の背景の際にも出てきた話ではありますが、神戸には戦後から安定したゴム実需があり、かつ神戸ゴム取引所の天然ゴム先物も調達手段の一つとしてしっかりと活用されていたことが分かります。

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