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連載「つたえること・つたわるもの」(80)

中村哲医師、〈いのち〉のことば――100の診療所より1本の用水路。

連載 2019-12-24

 これまで、中村さんはアフガニスタンでの用水路建設の合間を縫って、アフガニスタン支援を伝えるため、日本に度々里帰りしている。ことし9月には、沖縄県那覇市にある沖縄キリスト教平和総合研究所の開設10周年記念講演会で「アフガンに命の水を」と題する講演を行い、「薬では渇きや飢えは癒せない。必要なのは清潔な水だ。100の診療所より1本の用水路を!」と訴え、現地の人たちとともに1600本の井戸を掘り、全長約27kmの農業用水路と9ヶ所の取水堰の建設を成し遂げたことを報告している。中村さんは中学時代に浸礼(バプテスマ)を受けたキリスト教徒(プロテスタント)だが、イスラム教国であるアフガニスタンでは「カカ・ムラド(ナカムラのおじさん)」と親しまれ、尊敬されていた。ご遺体が日本に帰国する日、同国のガニ大統領が先頭に立って、アフガニスタン国旗がかけられた棺を担ぐ姿がテレビで放映された。

 中村さんは座右の銘である「照一隅(※一隅を照らす)」を著書にサインした。これは、比叡山を開いた天台宗の伝教大師・最澄が『天台法華三家学生式(てんだいほっけさんげがくしょうしき)』に書いた「国宝とは何物ぞ。宝とは道心(仏道を求める心)なり。道心ある人を名付けて国宝と為す。故に古人言ふ、径寸(金銀財宝)十枚、是れ国宝に非ず。一隅(ほんの片隅)を照らす、此れ則ち国宝なり」にある言葉である。

 アフガニスタンという地球の「一隅」で、現地の人びとと手を携えて、1600本の井戸を掘り、全長約27kmの用水路を通し、9本の灌漑用の取水堰を設置し、砂漠化しつつあった1万6500ヘクタールの土地を潤し、その農地を耕して日々の食料を確保することを通じて、人びとの「いのち」を守り・育ててきた中村さんの30数年にわたる地道な活動を思うとき、日本とアフガニスタンの国境という垣根を越え、キリスト教とイスラム教という宗教の違いを超え、日本的仏教の素養も兼ね備えたひとりの日本人を、私たちは誇りに思う。

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