連載「つたえること・つたわるもの」(49)
鈴愛の「半分、青い。」、「聞こえる」と「聞こえない」のあいだ。
連載 2018-09-25
先月、ミシマ社のウェブ雑誌(通称ミシマガ)に載っていた青山ゆみこさん(フリーライター)のエッセイ(「聞こえる」と「聞こえない」のあいだ)を読んだ。青山さんには生まれつき「聞こえない」音がある。それは高い音を受け取りにくい高音域難聴で、父方の遺伝らしい。たとえば、まだ彼女が実家で暮らしていたころ、冷蔵庫の扉を開けっ放しにしていると鳴るピーピー音や、ガスストーブを長時間点けっぱなしにすると鳴る笛のような警告音に気づくのは、母と弟だけだったという。
同じ空間にいても、彼らが反応するものを、父やわたしは素通りする。人は「ある」ものには意識を向けられるが、「ない」ものに気づくことは難しい。「聞こえる」彼らがいて、わたしは初めて「聞こえない」音があると認識できるのだ。
このころはまだ、遺伝性の難聴は高音域に限られており、総合的には聴力はやや弱いものの、日常生活には差し障りのないレベルで、ほとんど意識せずに幼少期から思春期を過ごしていた。ところが、30歳のときに風邪にかかって高熱を出す。近くの耳鼻科で処方された解熱剤と抗生剤を飲みながら、3日ほど寝込んだ。やがて風邪の症状は収まり、からだのだるさはとれたが、耳の奥で蝉が鳴いているような音や、あるいはザーッという砂嵐のような音がするようになった。このときを境に、聴力がガクンと落ちた。
その時々で揺れがあるが、わたしの程度は「軽度難聴」といったところだろうか。
ただ、体調や気圧の変化を受けて、飛行機の離着陸で体験するような耳詰まり(耳閉感)がひどくなる。耳鳴りに加えて、両耳が栓をしたようになった日は、声を拾うためにかなりの集中力を必要とされる。もしかすると70dB(※かなり大きな声を出さないと会話ができない、騒々しい事務所の中)の音が聞きとれていないかもしれない。そんな日のわたしは聴覚障害者なのだろうか。
耳の奥で聞こえる音を消したい一心で、ドクターショッピングをはじめたものの、青山さんが納得できる診断と治療法を提供してくれる医師も治療師も見つからなかった。しかし、その治療行脚に終止符を打たせてくれたのは、小さなクリニックの老医だった。遺伝性の高音域難聴であること、大学病院でのMRIの診断結果などの説明を聴いたあと、「みんないつかは耳鳴りになるからなあ」とつぶやいた。
一瞬、とてつもない脱力感に襲われたが、おじいちゃん先生の発した「現在の医療ではどうにもならない症状がある。でもそれはあなただけには限らない」というメッセージは、当時のわたしに非常に有効なアドバイスともなった。現時点で耳鳴り治療に対してわたしがすべきことはもう何もない。そのことを強く納得させてくれたからだ。(中略)
とりあえず、治る・治らないは「保留」にして、「折り合い」をつけていくしかない。ほかの誰とも共有できないこの音は、まぎれもないわたしの一部なのだから。
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