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連載「つたえること・つたわるもの」(29)

ひと手間かける努力を惜しむ、コミュニケーション失調症。

連載 2017-11-28

出版ジャーナリスト 原山建郎
 今週末、大学三年生(就活生)の面接対策講座で模擬面接官を務める。

 企業の採用面接では、学生の基礎学力レベルや社会常識度だけでなく、最終面接では何よりも「コミュニケーション能力」を重視する。とくに現場を統括する役員たちの心に、「この学生なら、一緒に仕事ができそうだ。さて、誰の部下につけようか」などのイメージを描かせたら、内定は半ば決まったようなものだ。

 もちろん、模擬面接に臨む就活生たちも、自分の「コミュニケーション能力」についてアピールする。

 「私は、誰とでも仲よくできます。初対面の人にも気軽に話しかけます。友だちもたくさんいます」

 「私は、みんなにムードメーカーだと言われます。クラブの合宿や飲み会では一番の盛り上げ役です」

 「友だちと仲よくする」能力、「その場を盛り上げる」能力も、たしかに「コミュニケーション能力」の一つではあるが、ビジネスシーンで求められる「コミュニケーション能力」とは、少し違うように思う。

 入社後に新卒社員がコミュニケーションをとる相手は、気が合う同年代の社員だけでない。口うるさい課長や部長、ちょっと癖のある取引先の社員、文句ばかり言う顧客、というケースだってあるだろう。

 という話を、模擬面接のあとで、フィードバック(演習の振り返り)すると、学生が手を挙げた。

「私たちは学生ですから、課長や部長、取引先とか言われても、実際に話す機会がありませんから……」

 よい質問である。ほんとうのことを言うと、私は、学生からこの質問が出るのを待っていたのだ。

 「なるほど、〈学生だから+機会がない=無理です〉は、その通りでしょう。しかし、できない理由を挙げただけでは、何のアピールにもなりません。きょうは模擬面接の演習ですが、年長者である課長や部長、店頭での顧客とのコミュニケーションを想定した〈コミュニケーションの予行演習〉ならできるでしょう」

 年長者との予行演習なら、相手役はたくさんいる。大学ならゼミの指導教員、キャリア支援課のスタッフ、先輩社会人のОB・ОG、また、ちょっと頑固な父や母、企業で働いている親戚の誰それに、少し時間をとっていただき、直接インタビューする。テーマは、「働く喜び、仕事の価値」がよいだろう。人生の先輩たちが語る〈企業人だから+度々直面する=働く喜び(苦しさ)〉の中から、何か学ぶものがあるはずだ。

 もう一つ、店頭での顧客とのコミュニケーションは、ほとんどの学生が体験する接客アルバイトが予行演習になるだろう。ただし、想定問答マニュアルのような決まり文句ではなく、アルバイトの先輩や店長のみごとな顧客対応、顧客のクレームを感謝に変えた体験を参考に、自分なりの工夫を現場で実行に移すことだ。接客の経験がなければ、接客アルバイトをしている友人や先輩から体験を聞くのもよい。これから接客アルバイトの仕事を探して応募し、自分の「コミュニケーション能力」を磨くという手もある。

 よしんば、これらの〈コミュニケーションの予行演習〉が不調に終わったとしても、なぜ「不調に終わったか?」に気づく、絶好のチャンスになる。ほかの人の成功事例はあまり参考にならないが、自分が起こした失敗事例なら、その原因がどこにあったのか、いくつか思い当たることがあるに違いない。ここで重要なのは、どのようにして〈コミュニケーションをとろうとした〉のか、そこがいちばんのポイントになる

 神戸女学院大学名誉教授・内田樹さんは、ブログ『内田樹の研究室』(2013年12月29日)に「コミュニケーション能力とは何か」と題する一文を寄せている。その中に、内田さんがフランスの地方都市で、スーパーでマグカップを買ったときの、レジでの店員とのやりとりが書かれている。(文中の下線は筆者)

 レジに行ったら、女性店員に何か訊ねられた。なんとなく聞き覚えのある単語なのだが、意味がわからない。「え?何です?」と聞き返してみたが、それでもわからない。二度三度と「え?」を繰り返しているうちに店員は諦めたらしく、肩をそびやかしてマグカップを包みだした。

 どうも気持ちが片づかないので、カップを手渡された後に、レジの上に身を乗り出して、ひとことひとことゆっくり噛みしめるように「さきほど、僕に何を訊いたのですか?」と問いかけた。すると店員もゆっくり噛みしめるように「郵便番号を訊いたのだ」と答えた。「なぜ、郵便番号を?」と重ねて訊くと「どの地域の人がどんな商品を買っているのかデータを取っているのだ」と教えてくれた。(中略)

 このときに私が肩をすくめた女性店員に向かって、あえてレジに身を乗り出して、ひとことひとこと区切って発語したことで、意味のわからない単語の意味が明かされた。これが「コミュニケーション能力」である。そういうことを顧客はふつうレジのカウンターではしない。

 店員は私がフランスの商習慣になじみのない外国人であることを察知して、なぜマグカップを買うのに郵便番号を訊くのか、その理由を教えてくれた。そういうことはふつうレジのカウンターで店員はしてくれない。私は彼女が私のためにこの説明の労をとってくれたことを多とする。これが彼女の側の「コミュニケーション能力」である。


 つまり、コミュニケーション能力とは、コミュニケーションを円滑に進める力ではなく、コミュニケーションが不調に陥ったときにそこから抜け出す力だということである。

 このあと、内田さんが日本のスーパーで夕食材料の買い物をして、レジでお金を払おうとすると、若い男の店員から「ホレーザ、ゴリヨスカ」と声をかけられたという実例が出てくる。その意味がよくわからないので、何度も「え?」と聞き返すと三度目で、それが「保冷剤、ご利用ですか?」という意味だということがわかる。活舌の悪さからくる「聞き取りそこね」は誰しも経験するところだが、客に聞き返されたときに、「傷みやすい食材を冷やすために、保冷剤お入れしますか?」と言い換えればすむことで、「冷やす」という語が先にくれば、「ホレーザ」が「保冷剤」であることはおおかたの日本人にはわかるはずである。

 内田さんはいう。その手間を惜しんだところに彼の「コミュニケーション能力」の低さがあるのだが、これは彼の属人的な資質と言い切ることはできない、と。そして、そのような「言い換え」を(店員である彼の)自己責任でしてもかまわないという習慣が、その店の商習慣にはないのではないか、あるいは日本中どこのチェーン店でもすべて同じ応答がなされる(顧客対応のマニュアル化)ことこそが真のサービスだと信じている、これこそ現代の日本社会に取り憑いた「コミュニケーション失調」の主因である、と。

 親しい友人や家族など、容易に「伝わる」人に「伝える」のは単なるおしゃべりで、そこに特別の「能力」など必要ない。会社の上司や初対面の顧客に「伝わるように」伝えるためには、「伝わらない」伝え方のままフリーズして「コミュニケーション失調症」に陥るのではなく、もうひと手間かけて「伝わるように」工夫をこらすことである。さきのレジのケースでいえば、店員が(レジを出て)顧客の頭の中(レジの向こう側)に入ることであり、顧客が(レジに乗り出して)店員の頭の中(レジの内側)に入ることだろう。

 かつて、TDL(東京ディズニーランド)内のショップで、従来の「いらっしゃいませ」という一方通行型のあいさつを、双方向型の「こんにちは、いらっしゃいませ」という呼びかけにしたことが話題になった。それが評判を呼んで、あっという間に全国のスーパーやコンビニのチェーン店に広がり、店員の接客マニュアルの定番になった。ところが、「仏作って魂入れず」の例えではないが、現在では「ホレーザ、ゴリヨスカ」と同じ運命をたどり、単なる「AI(人工知能による合成)音声」としか聞こえなくなってしまった。

 さて、「コミュニケーション失調症」に陥っているかに見える日本社会は、本当の「コミュニケーション能力」を取り戻すことができるのだろうか? 今週末の面接対策合宿で、その処方箋をさぐってみたい。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう) 
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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