ゴムの先端研究<第7回>
京都大学化学研究所複合基盤化学研究系教授博士(工学)・日本ゴム協会会長 竹中 幹人氏
その他 2020-01-28
シリーズ「ゴムの先端研究」の第7回は、京都大学化学研究所複合基盤化学研究系教授で博士(工学)、日本ゴム協会会長の竹中幹人氏。竹中氏が進めている自己組織化により形成される時空間階層構造の形成過程の解明と制御について話を聞いた。
自己組織化による時空間階層構造を研究自己組織化による時空間階層構造を研究
■自己組織化による時空間階層構造
高分子の自己組織化により形成される、時空間階層構造の形成過程の解明と制御を研究している。
自己組織化とは、原子や分子が自ら構造を形成する現象だ。分かりやすい例が雪の結晶で、雪の結晶は人の手がかかることなく、外気温や温度の下がり方などによって自ら様々な結晶構造を形成する。高分子材料の自己組織化を解明し、形成される構造に制御を加えることで、高機能化を図ることができると考えている。
自己組織化により形成される階層構造は、各階層がスケールが小さなものから大きなものまで存在、階層毎に特徴的な大きさを持つ。人のDNAを起点にして例えると、DNAの二重螺旋構造があり、それが組み合わさることで細胞となり、それが組み合わさって臓器となり、そして人間になるといった具合だ。階層構造には空間スケールだけでなく、細胞のライフサイクルと人間のライフサイクルが異なるように、時間スケールも存在する。
もちろん、ゴムにも階層構造性はある。ゴムは高分子が架橋され、架橋自体がnmオーダーのネットワークを作っている。その架橋の状態も、通常架橋で使用される硫黄の繋がり具合によって異なり、10~100nmオーダーの不均一性が生じる。また、タイヤで見ると、ゴム材料の中に数nmの大きさのシリカやカーボンブラックが存在し、このシリカやカーボンブラックが10~100nmオーダーの凝集体を作り、さらにその凝集体が繋がってネットワークを作っている。
時間スケールで見ると、ネットワーク全体が動くだけでなく、分子そのものの動き、側鎖の動きなどもある。また高速で動かした際の速い変形とゆっくりと動かした場合でも物性に影響を与える階層は異なってくる。
こうした時空間の階層構造が力学物性等にどう関連しているのか。階層構造をキーワードに調べている。
■量子ビームを用いた小角散乱法で構造解析
構造解析には、放射光X線や中性子など量子ビームを用い、小角散乱法を中心に行っている。散乱法は変形した状態でも観察でき、変形過程と物性の関連なども調べることができる。SPring-8やJ-PARCを用いて実験を進めている。
SPring-8によって構造解析は実用になった。SPring-8は強い放射光に加え、角度を超小角まで絞ることができるため、一般的なX線散乱で課題だった100nmスケールといった大きな構造を見ることができる。これまでは見えなかった領域の大きさが見え、速い変化でも、変形のもとでも構造を見ることができる。SPring-8で構造解析は飛躍的に進歩した。
凝集体のネットワークまで見ることができるため、変形させた際に何が主に変形しているのか、何の動きが変形に影響を与えているのかを観察できるようになった。変形させた際にどこが重要になるのか、つまり、どこの構造が主に動き、どの部分でエネルギーロスをしているのかを把握できるようになった。
ゴムの充填剤周辺の架橋においても、同じことが言える。例としては、シランカップリング材の有無による違いが挙げられる。シランカップリング材の有無で凝集体の動きやネットワークがまるで違う。そういったことが分かるようになってきた。
■今後は軟X線を用いた研究へ
今後は、X線の中でも波長の長い軟X線を用いた構造解析を進めて行きたいと考えている。従来のX線では、ゴム材料に含まれる充填材それぞれ、例えばシリカとカーボンブラックなどを見分けることができなかったが、軟X線を用いるとそれが可能で、さらに、ポリマーの違いやポリマーの配向までも見えてくると思う。
また、これまでと違い、階層それぞれを調べるのではなく、階層構造間を飛び越えた相互作用も解析していく必要がある。破壊は界面の数nmの変化が階層構造間を飛び越え、全体的な大きな破壊の起点となっている可能性は高い。
これら解析のためにも、従来のX線による構造解析だけでなく、軟X線を用いて構造解析をしていきたい。
■破壊の知見
破壊現象も今後のテーマの一つだ。物が壊れていく時にどうなるのかというのは、自己組織化の一種と考えることができる。破壊の元となっているものは何なのか。強力なX線を使えば、壊れる前の変化を見ることができ、それがどう破壊につながるのか、を解析できると考えており、それにより破壊の基礎的な知見を得たいと思う。
材料の高機能化や力学物性との関連性明らかに
■階層構造と力学物性の関連性
ゴムでは階層構造をキーワードに力学物性との関連性を明らかにしていきたいと思う。ゴムはこれまで、力学物性など様々なものが経験的に語られてきた。それを時空間階層構造を用いて力学物性と関連付けることで、これまでの経験的なものをクリアに説明できるようにしたいと考えている。
破壊を含めた力学的な現象は、実際にどこの構造が効力を発揮しているのか、ネットワークなのか、ネットワークのローカルな動きなのか、側鎖の動きなのか、充填剤一つひとつの構造なのか、それとも凝集構造や凝集の変形なのか、そういう部分をきちんと区別し解明していきたい。
高分子材料のある状態が、どういう理由で成り立っているのかを学問としてきちんと説明できるようにした上で、その高性能化をどう図っていけば良いのか。その指針を得たい。
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