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ゴムの先端研究<第10回>

豊田工業大学高分子ナノ複合材料研究教授・博士(工学)、日本ゴム協会副会長 岡本正巳氏

その他 2020-03-31

 シリーズ「ゴムの先端研究」の第10回は、豊田工業大学高分子ナノ複合材料研究室研究教授で博士(工学)、日本ゴム協会副会長の岡本正巳氏。岡本氏が進めている生体コンポジット(複合材料)という新しい研究領域について話を聞いた。

生体コンポジットの研究領域を作る

 ■生体コンポジットという新しい研究領域を作る
 私はこれまでコンポジットの研究を進め、その中でナノコンポジットという新しい研究領域を作った。ナノコンポジットでは、その中心として同分野をほぼ網羅した研究に取り組んできたが、その後世界的に大きな研究コミュニティができ、それを束ねる国際組織も作った。私が中心となり進めなくても、ナノコンポジット分野の研究は自然と広がる体制ができた。そのまま研究を進めていっても良かったのだが、私としては次の新しい領域に挑戦したかった。そこで、生体コンポジットという新しい研究領域を切り拓いていこうと考えている。

 コンポジットというと、一般的にはガラス繊維で強化された樹脂や鉄筋コンクリートなどを思い浮かべるだろうが、生体組織もコンポジットの一種といえる。例えば骨は、無機物であるヒドロキシアパタイトと有機物であるコラーゲンのコンポジットだ。私は生体組織を意図的に作りながら、コンポジットも同時に完成させるようなイメージの新しい研究領域を作っていきたい。

 今、生体コンポジットという分野に取り組んでいる人は他に誰もいない。なぜなら、生体コンポジットには材料工学の知識と同時に、細胞生物学の知識も必要とするからだ。こうした異種分野の知識を両方持ち合わせている人はそういない。
 私は元々高分子が専門だが、当大学と関係の深いトヨタ中央研究所の医学博士に学び、細胞生物学やその実験手法を習得することで、高分子と細胞生物学の両方の知識を持ち合わせるようになった。

天然ゴムラテックスを用いて軟骨再生、抗がん剤も

 ■天然ゴムラテックス粒子を用いた軟骨再生
 現在取り組んでいる研究の1つが、天然ゴムラテックスの粒子を用いた軟骨再生だ。

 軟骨は加齢など様々な要因で損傷するが、血管が通っているため自己修復する骨とは異なり、血管が通っていないため、損傷すると自己修復は困難だ。

 一般的な軟骨再生の手法は、損傷した軟骨の健康な部分を抽出し、それを培養することで軟骨細胞を増やしてから、もう一度欠損した部分に埋め直すというものだが、この手法には2つの欠点がある。1つが抽出する際と埋め直す際の2度手術が必要なこと、あと1つが実験室で培養した軟骨細胞は生体のものに比べ弱いものになるということだ。

 そこで私は、骨髄から得ることができ様々な細胞に分化する幹細胞を利用し、軟骨細胞を作製することを考えた。ただ、その手法も1度の手術で済むというメリットがあるものの、人体の外で培養することには変わりなく、生体の軟骨組織に比べ、どうしても丈夫なものができない。どうクリアするのか。天然ゴムの活用を考えた。

 天然ゴムラテックス粒子は、古くから薬として使われていた。粒子の表面には薄いタンパク質の膜があり、これが薬として作用していることを発見した。

 そこで、表面のタンパク質だけを剥がして調べると、様々なことが分かってきた。そのうちの1つが細胞の増殖作用だ。剥がしたタンパク質を幹細胞に与えると幹細胞が増殖し、幹細胞から軟骨細胞に分化する際にも一役買っていることが分かり、それは後に行った遺伝子解析でも確認した。

 先ほど、一般的な軟骨再生の手法には2つの欠点があると言ったが、天然ゴムラテックス粒子を使うと、その欠点が同時に解決できるのではと考えた。

 ■軟骨組織のコンポジット
 天然ゴムラテックス粒子表面のタンパク質に、細胞の増殖や幹細胞から軟骨細胞への分化に効果があると分かったことで、表面のタンパク質だけでなく、天然ゴムラテックス粒子そのものを軟骨組織に入れると、補強材としての役割も果たすのではと思った。一般的にゴムは柔らかいイメージだが、軟骨組織と比較すると非常に硬い。軟骨細胞と天然ゴムラテックス粒子をコンポジットとすることで、生体外で培養しても生体のものと遜色のない丈夫な軟骨組織ができると考えた。

 実際、作製した軟骨組織のコンポジットの表面弾性率を原子力間顕微鏡(AFM)を用いて計測すると、目的としたものが得られた。天然ゴムラテックス粒子を抽出した幹細胞に入れると、軟骨細胞への分化や増殖に寄与し、できあがった軟骨組織はコンポジットとして強度も十分だということを確認した。

 軟骨再生は今、インビトロといって実験室レベルの段階なので、次はインビボといってこれを実際に生き物に移植しどうなるのかをみる段階へ移行していく。

 ■天然ゴムラテックス粒子へ着眼の背景
 きっかけは偶然だが、高分子と細胞生物学の両方の知識を持っていたことで、その偶然を捉えることができた。
 別件の依頼で天然ゴムラテックス粒子の大きさを計測していた。すると粒子の直径が300ナノメートルほどで、しかも表面がマイナスに帯電していることが分かった。

 細胞は貪食といって栄養を食べる。細胞の大きさはだいたい20~40ミクロンで、300ナノメートルという大きさは細胞にとってちょうど食べやすい大きさにあたる。また、表面がマイナスに帯電している点も細胞にとっては好都合だ。細胞の表面の膜はマイナスに帯電しているため、プラスに帯電しているものが来ると細胞膜がつぶれてしまい、細胞は死んでしまう。プラスに帯電したものは細胞にとっては毒になる。

 当時、がんの転移の研究も行っており、天然ゴムラテックス粒子の細胞毒性を調べた。すると、正常細胞には害がなく、むしろ増殖させることが分かった。それならば幹細胞も増殖でき、それを軟骨細胞に変身させたら軟骨組織になり、最終的にできあがる組織に粒子を入れるとコンポジットができるのではないかと繋がっていった。

 ■抗がん作用も発見
 天然ゴムラテックス粒子の細胞毒性を調べていると、粒子表面のタンパク質に抗がん作用があることを発見した。

 実際にがん細胞はどのようにして死んでいるのか。細胞の死に方には、アポトーシスといってプログラムされた細胞死とネクローシスといって炎症のような受動的な細胞死の2種類がある。そのうちアポトーシスは細胞内のDNAで異常が起こり、それが修復できないとなると、細胞が自ら死を選ぶようプログラムされたものだ。人の細胞は通常、一晩で10億個の細胞がアポトーシスで死に、マクロファージという細胞によって掃除され、もう一度再生している。がん細胞に天然ゴムラテックス粒子表面のタンパク質を与えると、アポトーシスによって死ぬことが分かり、天然ゴムラテックス粒子表面のタンパク質に抗がん剤としての効果があることを確認した。

 最初に調べた肺がんでは、明らかな抗がん作用があった。今は卵巣がんや乳腺がんなど、他のがん細胞ではどう作用するのかを調べている。

 ■描く未来
 生体ナノコンポジットという新しい研究領域を作ることが1つ、そしてもう1つがこうした研究を通して日本を元気にするような、そうしたイノベーションを起こせる人を育てていきたい。豊田工業大学でもそんな人材の育成を進めている。

 また、天然ゴムラテックスについて言えば、これまではタイヤやグローブにしかならないと言われてきたが、私の進める研究によってもっと付加価値の高いものに使われる、命を守るための薬として作用する、そんな未来が来たら、天然ゴムを生産している人々にとって、非常に幸せな未来が描けると思っている。

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