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ゴムの先端研究<第8回>

長岡技術科学大学工学部物質材料工学専攻教授・博士(工学)河原成元氏

その他 2020-02-18

 シリーズ「ゴムの先端研究」の第8回は、長岡技術科学大学工学部物質材料工学専攻教授で博士(工学)の河原成元氏。河原氏が描く天然ゴム化学の創成について話を聞いた。

 ■天然ゴム化学の創成
 将来的な目標として、天然ゴム化学を創成したいと考えている。
 天然ゴム化学とは石油化学と同じ意味合いで、石油化学が石油を原料としたモノづくりであるように、天然ゴム化学は天然ゴムを原料とした新しいモノづくりだ。天然ゴムを原料としてソフトマテリアルを創製することで、化石資源依存型社会からの脱却を図りたい。植物という地表の資源を活用することで、地表での炭素循環をシステムとして構築し、「緑の革命」を起こしたいと考えている。

 ■なぜ天然ゴムなのか
 植物資源として利用できるものには、一次代謝産物と二次代謝産物とがある。一次代謝とは全ての生命活動にとって必要な反応で、炭水化物やタンパク質、脂肪、核酸のほか、最近注目されているセルロースやリグニンも植物の構造を支える構造材料として広義の意味で一次代謝産物に含まれる。例えば、バイオ原料として使われるサトウキビは一次代謝産物にあたる。ただ、原料として大量生産が必要になった場合を考えると、一次代謝産物に手をつけることに関しては疑問が残る。

 一方、二次代謝は生命に必ずしも必要とはいえない反応で、天然ゴムは二次代謝産物だ。天然ゴムは木に傷をつけるだけで採取でき、伐採する必要はない。また、二次代謝産物の中には、構造が複雑なため原料に適さないものも多いが、天然ゴムは構造がシンプルだ。イソプレンが規則正しく連なっており、そのイソプレン単位あたり1個の二重結合を化学反応として使うことができる。私は、イソプレンの二重結合に酸素や二酸化炭素、水素、水、桂皮酸類(フェニル基)を修飾することで、新たな樹脂が合成できることの検証をすでに終えている。化学の原料として利用するのに最適だと思う。

 天然ゴムは現在、生産の約90%を東南アジアで行っているが、アフリカや南米の土地も活用すれば、面積から考えても現在の約10倍の生産量を賄えると思う。また、パラゴムノキだけでなく、乾燥地帯で栽培されるグアユール、ロシアタンポポ、セイタカアワダチソウなど、天然ゴム成分は様々な植物に含まれている。現状ではパラゴムノキから得られる天然ゴムの生産量が圧倒的なため、パラゴムノキの天然ゴムを原料に、天然ゴム化学の基礎技術を確立しておきたいと考えているが、それは他の植物の天然ゴムにも応用できる。

 ■課題を同時進行で進める
 現在、石油化学における精製、分離、反応、モノづくりと同様の研究を同時進行で進めている。天然ゴム化学の創成を実現するには、超えなければならない課題があった。天然ゴムの構造の解明や天然ゴムに含まれるタンパク質についてだ。人類は天然ゴムより優れたゴムを合成できていない。そのため、天然ゴムの末端基の構造やタンパク質等による不均一構造を解明することは、天然ゴムと同様のゴムを合成することに繋がる。また、天然ゴムのタンパク質はアレルギー等の要因となる。タンパク質の不均一構造を解明すれば、その除去方法の開発に繋がる。タンパク質の完全除去は石油化学における精製にあたり、化学原料として天然ゴムを使用するために不可欠なものだ。タンパク質を完全に除去した天然ゴムを得ることができれば、そこに様々な化学反応を用いて新たな有機材料を創製することにも繋がる。

2011年 天然ゴムのナノ構造を世界で初めて解明

 ■ナノマトリクス構造
 天然ゴムのナノ構造を、2011年に世界で初めて解明した。従来、天然ゴムに含まれるタンパク質や脂質は分子の一つのユニット、つまり架橋点として使われているように思われていたが、実際は天然ゴム粒子とタンパク質や脂質は海島構造を形成していた。自然の法則では多量成分が必ずマトリクスを形成し、少量成分が分散する。天然ゴム粒子に対し、3%ずつしかないタンパク質、脂質は分散してなければならないのだが、天然ゴムはその構造が逆だ。多量成分である天然ゴム粒子が分散し、少量成分であるタンパク質、脂質がマトリクスを形成していた。ナノメートルオーダーでこうした構造を発見したのは初めてのことで、ナノマトリクス構造と名付けた。ナノマトリクス構造の研究は、天然ゴムのモデルづくりに非常に重要だ。

 ■タンパク質の完全除去に成功
 タンパク質の完全除去は、石油化学の精製に該当する。有機材料を精密合成するためには、天然ゴムの精製が欠かせない。従来、タンパク質の除去にはタンパク質分解酵素が使われていた。それはタンパク質と天然ゴムが、結合していると考えられていたためで、完全に除去することはできていなかった。私はタンパク質変性剤の中で最も優れている尿素に着目し、アセトン、アルコールも加えて、2013年にラボスケールでのタンパク質完全除去の技術を確立した。もちろん、大量生産という段階を考えると、まだまだ先は長いが、基礎はできたと考えている。タンパク質の完全除去ができたことで、アレルギー反応を抑制できるだけでなく、新たな有機材料を合成するベースができたと考えている。

天然ゴムを用いて新たな樹脂を合成

 ■天然ゴム複合材料
 天然ゴムと合成ゴムであるイソプレンゴム(IR)の基本骨格はほとんど同じで、その相違点はタンパク質や脂質といった非ゴム成分だ。精製した天然ゴムを作ることができたことで、これをベースに非ゴム成分がどのような効果を発揮しているのか。その違いについての研究を進めている。精製した天然ゴム粒子に様々なナノ粒子を掛け合わせナノマトリクス構造を形成することで、非ゴム成分の効果を検証できるとともに、天然ゴムよりも優れた有機材料が合成できると考えている。

 一般的に材料の物性は、多量成分の物性とマトリクス成分の物性が発現するといわれている。通常は多量成分イコールマトリクス成分なので、少量成分の物性は潜在化してしまう。しかし、ナノマトリクス構造を形成していれば、少量成分がマトリクスとなるため、少量成分の物性も、多量成分の物性も発現することになる。従来、タンパク質や脂質が担っていた少量成分、つまりマトリクスを変えることで、天然ゴムの性能をチューニングすることが可能になる。精製した天然ゴムをタイヤや手袋にそのまま活用するのが天然ゴム化学の材料部門だとすると、これは天然ゴム化学の複合材料部門といえる。

 ■エネルギー源の転換が移行のカギ
 現在は、エネルギー源の中心に石油があり、その副産物としてスチレンやエチレン、プロピレンが使われている。そのため、それらを天然ゴムで置き換えようとした場合、どうしてもコスト勝負となり分が悪い。しかし、エネルギー源が化石資源以外となった時、果たして石油は使われるだろうか。わずかな衣料等を生産するために、莫大なコストをかけ石油を掘削するとは考えにくい。石油に依存したエネルギー源が化石資源以外に転換すれば、天然ゴム化学への移行も十分考えられる。

 ■天然ゴムは未来の材料
 天然ゴムは想像を超える素晴らしいものだと思う。しかし、現在はそのうちのわずかしか理解が進んでいない。天然ゴムは決して古い材料ではなく、深めれば深めるほど新しいものが出てくる未来の材料だ。天然ゴムがなぜ優れているのかを解明するのも天然ゴム化学の一部だと考えている。大学生の頃に天然ゴム化学の創成を思い立ち、30年かかってようやく酸素や二酸化炭素、水素、水、桂皮酸類を用いた新たな樹脂の合成という成果が出せ、今の段階まで来た。こうした例が一つでもできると、事は前に進む。近年、天然ゴムへの関心が高まっている。天然ゴムを尊重しながら、その研究がこれからもどんどん進んでいくことを願っている。

 河原教授が主査を務める日本ゴム協会衛生問題研究分科会のシンポジウム「ゴムおよびゴム製品の性能と衛生問題」が2月26日、東部ビル5階会議室で開催される。詳しい問い合わせは日本ゴム協会第266回ゴム技術シンポジウム係(☎03・3401・2957)まで。

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