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ゴムの先端研究<第17回>

名古屋大学大学院工学研究科有機・高分子化学専攻講師 博士(工学)野呂篤史氏

その他 2021-07-19

世界トップクラスの高靱性示すTPEを日本ゼオンと共同開発

 シリーズ「ゴムの先端研究」の第17回は、名古屋大学大学院工学研究科有機・高分子化学専攻講師で博士(工学)の野呂篤史氏。野呂氏が日本ゼオンと共同開発した、世界トップクラスの高靭性を示す熱可塑性エラストマー(TPE)について話を聞いた。

 ■i-SISを開発
 日本ゼオンとの共同研究によって、世界トップクラスの高靭性(破壊のされにくさ、外力に対する材料の粘り強さ)を示すTPEを開発した。スチレン系TPEの1つであるスチレン-イソプレンブロック共重合体(SIS)のイソプレン部に化学修飾を施し、部分的にイオン性官能基を導入することで、新たにi-SISを合成した。

 引張試験を行ったところ、引張強度、タフネス(破断までに要するエネルギー)が、官能基導入前のSISではそれぞれ9.1MPa、112MJ/立方メートルだったのに対し、官能基導入後のi-SISでは43.1MPa、480MJ/立方メートルと、従来型のSISに比べ4倍以上の値を示した。タフネスに関しては、現在までに学術誌で報告されているゴム・TPEの中で最も高い値を示した。

 TPEの世界の市場規模は年2兆円、そのうちスチレン系TPEが7,000億円程と言われており、内装表皮、エアバッグカバー、ウェザストリップ、ホースや絶縁カバーなど、主に自動車の内装・外装部材で利用されている。i-SISについても、強靭さが求められる自動車ボディ関連部材などで利用されることを期待している。

 ■共同研究のきっかけ
 二重結合部は反応性があるため、共同研究以前からこの部分に官能基を導入できないものかと考えていた。その一方で基礎的な研究として、例えばABAのトリブロック共重合体に、水素結合のような非共有結合を生じる官能基を導入すると面白いと考えて実験を進めていた。モデルポリマーを用いて実験を進め、官能基が導入されていない時と導入した後では機械特性が大きく変化することが分かり、2015年に論文発表した。トリブロック共重合体からなるエラストマーに対し、官能基を導入したものが今まで全くなかったわけではないが、我々の研究のようなABAトリブロック共重合体のBの部分で非共有結合させるという視点での研究はなかった。

 そこでこの技術を実材料に展開できないかと考え、トリブロック共重合体であるSISの二重結合部分に官能基を導入すれば優れた材料にできるのではないかと思った。SISの世界シェアの高い日本ゼオンにアイデアを持ち込み、共同研究がスタートした。

 ■共同研究をスタートして
 モデルポリマーで研究していた際は、官能基を有するモノマーを重合させてポリマーを合成していたため、ポリマーに官能基を導入することは比較的容易だった。しかし、SISにこの技術を適用する際、モノマー段階で官能基を導入しようとすると、新しい官能基を有するイソプレンモノマーを合成しなければならず、工業生産で用いられるスキームを変えなければならなくなる。そこで、ポリマーの段階で官能基を導入することにした。しかし、ポリマーの二重結合部は想定していた以上に反応性が高かったため、モノマー段階で官能基を導入するよりも難易度は高かった。

 共同研究当初は、SISのイソプレン部に水素結合を生じさせることを目標としていたが、水素結合は非共有結合の中でも結合力が最も弱い。そのため、機械特性向上に効果的なイオン結合を用いることにした。イオン結合では、イオン間の引力相互作用が強い。水素結合からイオン結合に変更するにあたって、官能基も変更した。当初は官能基としてアミド基を用いていたが、これをカルボキシ基にした。カルボキシ基を用いた水素結合とイオン結合の比較では、機械特性は想定通りイオン結合の方が格段に優れた。

 ただ、優れた機械特性を発現させたい時はイオン結合が有利だが、耐久性を高めたい時は水素結合の方が有利で、水素結合にも面白さはある。その点は、用途によって使い分けができればと考えており、水素結合についてもイオン結合と並行して研究を進めている。

 ■量産化に向けて
 通常のラボスケールは数グラムレベルの収量だが、今回の論文では300グラムと、ラボスケールを大きく上回る収量だった。ただ、企業等への試供サンプルともなればキログラム単位の収量が必要となり、工業化となればそれよりも大きな単位になる。

 より大量に合成するには、溶媒の有無や設備など様々な条件を詰めていく必要があるものの、今回報告した合成スキームは工業的にも実施できるものであり、将来的には量産化は可能だと考えている。

 ■i-SISの用途
 用途の1つとして、自動車のボディ関連部材をイメージしている。自動車用途で様々な場所で活用されればと思う。
 i-SIS単体での使用に加え、コーティング材等としての可能性があると考えている。例えばGFRP(ガラス繊維強化プラスチック)やCFRP(炭素繊維強化プラスチック)が近年、自動車部材として使用され始めている。しかし、それらは自身の強度は高くても衝撃が加わると比較的容易に傷ついてしまう。i-SISは靭性と強度を併せ持った強靭な材料のため、GFRPやCFRPの表面にコーティングすれば、繊維強化プラスチックは傷つくことなく、衝撃にも耐えることができる。コーティング材等として用いることで、より強靭な複合材料にできると考えている。

 自動車のボディ関連部材は依然として多くの金属材料が使われているため、それを繊維強化プラスチック等に置き換えれば自動車の軽量化に繋がる。ボディに使われている金属を全て繊維強化プラスチック等に置き換えた場合、単純計算で重量は8分の1程度になる。自動車の軽量化が一気に進み、二酸化炭素排出量も軽減できるため、カーボンニュートラルに貢献する技術とも言える。

 繊維強化プラスチックと複合化することで、耐衝撃性や強靭さに優れる材料となり、柔らかさまで備える。多様な用途、特に自動車や飛行機、船舶といった乗り物関連で使ってもらいたい。

 ■取り組むべき課題と見据える先
 研究としては、まだまだ詰めていかなければならない点も少なくない。例えば、官能基の導入率もその1つで、導入率を上げればそのまま強靭となるわけでもない。どのくらい官能基を導入すれば良いのかの最適値があると考えている。

 また、イオンの金属種による影響も調べる必要がある。例えば、塩化ナトリウムと塩化銀では、ナトリウムなのか銀なのかで性質がまるで異なる。同様にイオン結合で用いるイオンを例えばカルシウムやカリウム、マグネシウムと変化させることで性質が変化すると考えている。金属イオンの置き換えは比較的容易にできるため、様々な組み合わせを試しつつ研究を進めていきたい。出てくる数値によって、適正な用途があると考えているし、ものによってはタフネスとは別の特性が出てくる可能性もある。官能基の導入率やイオン種などを変化させることで、特性が変化することは、知見として徐々に積み上げてはいる。

 実用化に向けては、スピード感を持って取り組みたい。工学を扱う者として、工学という学問は最終的に社会に還元されるべきだと考えている。私が専門とするブロックポリマーや相分離現象をベースとし、さらに私のオリジナリティでもある非共有結合組込みをキーワードに、i-SISのように今までにない材料、ソフトマテリアルを作り、材料革新に繋げ、世の中に役立てる研究、社会に貢献できる研究を進めていきたいと考えている。

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