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連載コラム「白耳義通信 」72

「アメリカズ・ゴット・タレント」

連載 2022-10-17

 日本では、携帯電話ショップの店員からオペラ歌手になったポール・ポッツ Paul Potts や、ステージに登場した際、観客から失笑を買うも、パフォーマンスを終えるとスタンディングオベーションとなり、その後、日本の紅白歌合戦にも出場したスーザン・ボイル Susan Boyle を排出したブリテンズ・ゴット・タレント Britain’s Got Talent の方が知られているかもしれないが、同じ公開オーディション番組のアメリカ版であるアメリカズ・ゴット・タレント America’s Got Talent の Season 11 で話題になったベルギー人がいる。

 その人物の名はクリス・ユメ Chris Umé。仲間のトム・グラハム Tom Graham とアメリカズ・ゴット・タレントの予選ステージに出場したのが今年の6月。YouTube で、たまたま見つけたように記憶している。その際は、審査員のサイモン・コーウェル Simon Cowell が歌っていることに目を奪われてしまい、このアーティストがベルギーからアメリカにわざわざ挑戦しにきたことは、先日行われたファイナルに出るまですっかり忘れていた。

 ユメ氏は、自身が観客の前で何かをするパフォーマーではなく、VFX を使った A.I. アーティストなのである。もう少し分かりやすく説明すると、人口知能を使った合成映像技術(ディープフェイク)で、今では実際に見ることができない歌手や俳優を再現。モノマネをしてくれる人を特殊カメラで撮影し、観客は大型スクリーンを見るという仕組みである。ファイナルでは、エルビス・プレスリーを再現。惜しくも優勝こそできなかったが、早速、アメリカでは次の仕事の依頼がきているらしい。

 日本でも数年前、美空ひばりを A.I. で再現したことがあった。VOCALOID で美空ひばりの声を再現し、CG で本人を描写。再現技術への称賛と、冒涜では? と、賛否両論巻き起こったことは記憶に新しい。今回、エルビス・プレスリーの肖像権を所有する相続人からは、好意的に受け止められているようで、今後協力していくことも考えているとのこと。

 本人のユメ氏は、今回の挑戦で「世界に何が可能か示したかっただけ」と語っている。今後は、映像だけでなく、ライブでの声の再現にも力を入れたいそうだ。音楽の世界でも、ピアノの演奏音源から、リアルな 3D モデルによる演奏シーンの映像を生成する技術が開発中らしい。本人は別の場所にいても、目の前にリアルタイムでライブ・コンサートが開かれるのも時間の問題だろう。

Simon Cowell Sings on Stage?! Metaphysic Will Leave You Speechless | AGT 2022
Simon, Sofia, And Heidi Perform With Elvis on America’s Got Talent! | AGT Finals 2022


【プロフィール】
 末次 克史(すえつぐ かつふみ)

 山口県出身、ベルギー在住。武蔵野音楽大学器楽部ピアノ科卒業後、ベルギーへ渡る。王立モンス音楽院で、チェンバロと室内楽を学ぶ。在学中からベルギーはもとよりヨーロッパ各地、日本に於いてチェンバリスト、通奏低音奏者として活動。現在はピアニストとしても演奏活動の他、後進の指導に当たっている。ベルギー・フランダース政府観光局公認ガイドでもある。

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