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連載「つたえること・つたわるもの」104

五輪のモットー〈より速く、より高く、より強く〉を改めて見直す!

連載 2021-01-12

 近代オリンピックのモットーといえば、「より速く(Citius:キティウス)、より高く(Altius:アルティウス)、より強く(Fortius:フォルティウス)」だが、たとえば短距離走、走高跳、レスリングのように肉体的な競争を意味していた。それとともに、近代オリンピックの父、クーベルタン男爵が紹介した「勝つことではなく、参加することに意義がある」(エセルバート・タルボット大主教)の言葉もあった。ところが、「より速く、より高く、より強く」という標語は、近代資本主義の急速な発展にともなって、そのまま私たちの生活全般の規範となり、世界がめざすべき目標として掲げられるようになった。

 かつて私は出版社の取締役を務めていたが、役員会の重要議題は「より速く(売上目標の早期達成)、より高く(来年度予算の上積み・従業員の給料アップ)、より強く(競合誌中のナンバーワン雑誌維持)」だった。つねに高速走行を求められる会社経営は、急激な減速・急停車が命取りになることもある。

 この「より速く、より高く、より強く」は、わが国の経営(政治)にとっても、重要かつ困難な課題となっている。コロナ禍が急速に拡大しつつある日本で、最大の課題は「新型コロナウイルス感染症の収束(限りなく減少)」である。昨年、コロナ禍の初期、記者会見で対応していたのは厚生労働大臣の加藤勝信氏だったが、1か月後には安倍首相(当時)が「新型コロナ対策担当大臣」として、経済再生担当大臣の西村康稔氏を任命した。それ以降、西村氏は新型コロナ対策担当大臣の肩書でなく、経済再生担当大臣として、つねに「経済再生」を優先しつつ「新型コロナ対策」を行っていることは周知のとおりである。

 また、東京オリンピック・パラリンピック担当大臣の橋本聖子氏が、昨年末(12月17日)、新型コロナウイルス分科会の尾身茂会長が参院内閣委員会の閉会中審査で、「5人以上の会食は控えて欲しい」と訴えたその夜、6人で飲酒を伴う会食をしていたことが「週刊文春」の取材で明らかになった。昨年9月に当初予定を前倒しで実施された経済再生最優先のGoToトラベル・イートキャンペーンも、いざふたを開けてみるとGoToコロナ禍へ一直線という最悪の結果をもたらしてしまった。

 「より速く」といえば、昨年、静岡県の川勝平太知事がJR東海の宇野護副社長との会談で、大井川の地下を通す「リニア中央新幹線」のトンネル工事に待ったをかけた。これは大井川流域の産業への影響のみならず、南アルプスの生態系が著しく失われる恐れがあるというものだが、もっと根本的かつ重要な問題が「より速く」である。現在、東京(品川始発)と名古屋の間は東海道新幹線のぞみ号で1時間30分(最高時速285キロメートル)かかっていたものを、リニア中央新幹線ではそれを40分で走行して、片道50分も短縮(最高時速505キロメートル)するのだという。また、昨夏から高速道路(一部区間)の最高時速が120キロメートルまで緩和されるなど、「より速く」の空気感はさらにスピードを上げている。

 そういえば、1973年の全国交通安全運動の標語「せまい日本、そんなに急いでどこへ行く」が内閣総理大臣賞を受賞したことがあった。たしかに「より速く」という考え方は、旅客輸送の利便性、効率性を向上させるに違いない。しかし、昨日(きのう)の不便を克服すれば、今日(きょう)の便利となっても、明日(あした)には当たり前となり、明後日(あさって)にはそれが再び不便と感じるようになる。

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