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連載「つたえること・つたわるもの」(88)

エッセンシャル・ワーカーに拍手+感謝のバトンパス〈先贈り〉。

連載 2020-04-28

 ここで、私から提案がある。それは「すべてのエッセンシャル・ワーカーへの感謝」を拍手やありがとうの言葉だけでなく、その感謝の気持ちを自分と家族以外の誰かに「感謝のバトンパス」するというものだ。

 その手がかりに、映画『ペイ・フォワード』と短編物語『瓶の妖鬼』のあらすじを紹介しよう。

 一つは、2000年に公開された映画『ペイ・フォワード』(原題はPay it Forward)である。主人公の少年トレバーは、社会科の授業で「きょうから世界を変えてみよう」という課題を出される。彼が思いついたアイディアは、他人から受けた厚意をその相手にお返しする(pay it back)「恩返し」ではなく、その相手ではないほかの誰かに違うかたちで厚意を表していく(pay it forward)「先(恩)贈り」の行動だった。この映画での〈it〉は、厚意あるいは善意を意味するitである。恩を受けたら、もらった恩をその人とは異なる3人の人に贈る「先贈り」物語は、映画公開と同時にアメリカで大きな反響を呼び、英語の教科書にも載った。

 もう一つ、1950年初版の岩波文庫『南海千一夜物語』(スティーヴンスン作、中村徳三郎訳)のなかに、ハワイ人のケアウェとその妻コクアをめぐる短編、『瓶の妖鬼』の物語がある。

 ケアウェは、王宮のような大邸宅に住むのが夢だった。あるとき、ケアウェは50ドルで1本の小瓶を買う。瓶のなかには小鬼がいて、持ち主の願いなら「永遠の命」以外なら何でも叶えてくれるという。早速、大邸宅を心に描くと、たちまちその夢と寸分違わぬ大邸宅が実現したのである。しかし、よいことばかりではなかった。この小瓶を持ったまま死ぬと、持ち主の魂は小鬼によって地獄に落とされてしまう。その災厄から逃れるには、生きている間に他人に売り渡さなければならない、それも買ったときより安く売らなければならない。高く売るか、タダで譲ると、たちまち元の持ち主に戻ってきてしまうのだ。

 第一の夢を実現したケアウェは、小瓶を友人に安く売り、コクアと結婚するのだが、ケアウェは突然、不治の病に侵される。この病を癒してコクアと幸せに暮らす方法はただひとつ、小瓶を買い戻すしかない。やっと探し当てた小瓶は何人もの手を経て、わずか2セントになっていた。泣く泣く1セントで買いとるが、ハワイでは1セント以下の硬貨はない。ふさぎこむケアウェからその理由を聞いたコクアは、1セントより小額の1サンチーム硬貨が流通するフランス領タヒチに、愛するケアウェとともに移り住むのであった。

 しかし、タヒチでは誰も小瓶を買ってくれない。意を決したコクアはケアウェには内緒で人を介して4サンチームで買わせ、それを3サンチームで買い戻す。すぐにそのことを察したケアウェが、やはり人を介して今度は小瓶を2サンチームで買い戻す、自分の魂が地獄に落とされるのを覚悟して…… ところが、ここで奇跡が起こる。小瓶をコクアから買いとったアル中の水夫長が、酒ほしさから小瓶をケアウェに売り渡すことを拒んだのだ。

「おいいいか、その瓶を持ってる者は地獄に堕ちるんだぞ」

「どっちみち、俺は地獄行だろうが、これ迄出會った物の中で一緒に持っていくには此の瓶が一番良さそうだ。お前様にはお賣り致しません、だ。これは何と言ったって俺の瓶だ。お前も欲しかったら何處でも行って捜して來い」

(『南海千一夜物語』157~158ページ)

 この物語には、お金があれば、手に入るものは多い。しかし、欲望(必要)という名の誘惑(わな)、それが魂の底からの声かどうか、人間の判断を狂わせる砂糖菓子の鋭い甘さが潜んでいる。

 そして、いよいよ目前に迫ったGW(小池百合子都知事は「がまんウィーク」と命名)における『ペイ・フォワード』の〈it〉とは、他人に感染リスクを負わせないための、外出自粛という「先(恩)贈り」である。また、連休中の沖縄便に六万人の予約などの行動は、一見すると楽しそうに映る『瓶の妖鬼』の〈小瓶〉を、「美(ちゅ)ら」の国(沖縄)に六万本もばらまくことと同じである。

 カタカナ好きの小池都知事は「ステイ・ホーム週間」を、「おうちにいてください」と日本語にした。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう)
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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