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連載「つたえること・つたわるもの」(52)

新卒一括採用――終身雇用制、日本独自の「苗代」という方法。

連載 2018-11-13

出版ジャーナリスト 原山建郎

 私が出版社に就職したのは1968(昭和43)年、もう半世紀も前の話だ。正式な入社日は大学卒業前の3月11日(3月分の給料は日割り計算)で、卒業式には「公休」で出席した。初任給は2万9500円。当時はラーメン1杯40円、ウイスキー水割り1杯50円だったから、いま思えばかなり高額な初任給である。

 最初の1年間は準(見習)社員、1年たつとほぼ自動的に正社員になると言われた。私は編集枠で採用されたが、最初の半年間は販売促進部に預けられ、ベテラン担当者と一緒に全国の有力書店を訪問する仕事を体験した。研修の目的は、雑誌を作る(編集)人間には、売る(営業)現場を知る必要があるという。

 半年後の9月に配属された『主婦の友』編集部は、取材部門(服飾・料理・生活・読み物課)、制作部門(整理・図案・写真部)、編集総務課を合わせると、100名近い大所帯だった。雑誌は毎月50万部(返品率5%以下)、新年号は138万部(返品率0.05%以下)を発行する『主婦の友』しかなかった。ほかに雑誌の記事掲載品を販売する代理部(通販)、実用書の単行本を製作する出版部もあったが、『主婦の友』はたった一誌で社の利益を一手に引き受ける大黒柱であった。

 私は読み物課の新前記者となったが、毎月のように取材し、原稿を書き、デスクに原稿を提出した。取材先からは「いつ掲載されるのでしょう」と聞かれるのだが、その原稿はデスクから「つまらない! 書き直し!」と突っ返され、何回か再提出、とどのつまりがボツ(没)となり、取材先に「すみません。掲載は見送りです」とお詫びの電話。初めて原稿が紙面を飾ったのは、翌年の3月号(2月発売)の4ページだった。その後も、ボツ、掲載、ボツが続き、2年目からようやく、掲載される原稿を書くようになった。

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