連載「つたえること・つたわるもの」(40)
耳で聞いた「話しことば」を、目で読む「話しことば」にする。
連載 2018-05-08
ここで、私がかつて『主婦の友』編集記者だった1970年代前半、江戸落語の柳家小さん師匠と上方落語の桂米朝師匠による対談原稿が「ボツ」になった事件について書く。その当時、二十歳代半ばの原山記者は、自ら企画し担当した作家・佐藤愛子VS喜劇役者・藤山寛美の「大借金対談」で社長賞を獲得したことがうれしくて、自分は「対談まとめ」が得意などと、少々天狗になっていた。そこに大鉄槌が下ったのだ。
ある日、のちに二人とも人間国宝に指定されることになる、東西落語界の巨匠対談の担当を命ぜられた。対談当日は、二人が交わすことばを、ひと言も聞き漏らすまいと全身を耳にして、懸命にメモをとった。身振り手振りを交えた会話は、二人の間合いもぴったり合っていたので、この対談は成功した、と思った。
その数日後、速記事務所から届いた速記データをもとに、対談原稿のまとめにとりかかる。速記原稿には、お二人の発言に加えて、(扇子を持った手でうどんをすする)(トンと膝を打つ)などの仕草も記されている。ベテランの速記者は、ペンを走らせる手許に目を落とさず、発言以外の仕草の観察も怠らない。やれうれしやと、一所懸命、対談原稿をまとめようと努めるのだが、どうもその場の面白さが文字化できない。それでも悪戦苦闘して何とか4ページの対談原稿に仕上げて、Fデスクに提出する。ところが、原稿は突っ返され、「全然面白くない。この原稿はボツ」というキツイ宣告。ここから先に、もう一つ地獄が待っていた。この企画がボツになったことを、お二人に説明して了解をとるというキツイ仕事だ。小さん師匠はご本人があっさり「仕方ないでしょう。わかりやした」でお許しをいただいたが、米朝師匠からはマネージャーを通じて、「どこが悪かったんですか?」と何回も質問攻めにあって、冷や汗をかくことになった。
いまにして思えば、原山記者が耳で聞いた「話しことば」の語り口を重視するあまり、そのまま目で読む「話しことば」にコピペしたところに、失敗の原因があったように思う。寄席で聞く落語の醍醐味は、身振り・手振りを交えた仕方噺(話)とセットで、初めて噺の面白さが楽しめるものなのだから……。
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