白耳義通信 第112回
国境を越えて滑る 〜 オリンピックで見つけたベルギーらしさ
連載 2026-02-17
鍵盤楽器奏者 末次 克史
ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季オリンピックが始まりましたね。
日本ではメダルの数や順位が毎日のようにニュースになっています。もちろんそれもオリンピックの楽しみのひとつですが、ベルギーから見ていると、少し違う面白さに気づくことがあります。それは、国という枠組みが、思ったよりも柔らかく感じられる瞬間です。
今回、そんな印象を強く受けたのが、女子スケルトンに出場しているある二人の選手でした。ベルギー代表の Kim Meylemans(キム・マイレマンス) 。そしてブラジル代表の Nicole Rocha Silveira(ニコレ・ロシャ・シルヴェイラ) 。二人は同じ競技に出場し、場合によっては直接対決する関係です。
そしてもうひとつ興味深いのは、二人が女性同士の夫婦であるということです。日本では少し特別な話題として扱われるかもしれませんが、ベルギーやヨーロッパでは、こうした関係がごく自然に受け止められている印象があります。ニュースとして取り上げられるとしても、どちらかというと珍しいというより、現代らしい物語として語られることが多いように感じます。
夫婦でありながら、別の国を代表して競技に出る。日本の感覚からすると、不思議に思えるかもしれません。同じチームとして戦う姿を想像しがちだからです。しかしベルギーに住んでいると、この状況はどこか自然にも見えてきます。
ベルギーは小さな国ですが、言語や文化が複雑に重なり合っています。フランス語圏、オランダ語圏、ドイツ語圏があり、さらにEUの中心都市として多くの外国人が生活しています。国籍や背景が異なる人同士が家庭を築くことも珍しくありません。
だからこそ、夫婦でも代表する国が違うという姿は、現代のヨーロッパを象徴しているようにも見えます。もし自分の大切な人が競技のライバルだったら、どんな気持ちになるでしょうか。自分の国には勝ってほしい。でも、相手の成功も願っている。応援する気持ちが単純な勝ち負けでは語れなくなる瞬間です。
オリンピックは国と国の戦いとして語られることが多いですが、実際には、一人ひとりの人生や背景が交差する場所でもあります。どこで生まれ、どこで練習し、どんな文化の中で育ってきたのか。その積み重ねが、氷の上の数十秒に凝縮されています。
ベルギーにいると、「どこの国の人ですか?」という問い自体が、思ったより簡単ではないことに気づきます。生まれた国、住んでいる国、話している言語。それぞれが違っていても不思議ではありません。今回の二人の姿は、そんな現代のヨーロッパの現実を象徴しているようにも見えました。
国境は確かに存在します。でも、人と人の関係は、その線を軽々と越えていきます。メダルの数だけでは見えてこない物語が、オリンピックにはたくさんあります。ベルギーから眺めていると、競技の勝敗以上に、人が見えてくる瞬間があります。そしてそれは、ベルギーという国そのものの姿とも、どこか重なって見えるのです。
【プロフィール】
末次 克史(すえつぐ かつふみ)
山口県出身、ベルギー在住。武蔵野音楽大学器楽部ピアノ科卒業後、ベルギーへ渡る。王立モンス音楽院で、チェンバロと室内楽を学ぶ。在学中からベルギーはもとよりヨーロッパ各地、日本に於いてチェンバリスト、通奏低音奏者として活動。現在はピアニストとしても演奏活動の他、後進の指導に当たっている。ベルギー・フランダース政府観光局公認ガイドでもある。
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