連載「海から考えるカーボンニュートラル」⑨
企業が取り組むカーボンニュートラル 「排出抑制目標の設定、対策の立案・実施、効果」
連載 2024-12-12
一般社団法人 豊かな海の森創り 専務理事 桑原 靖
今号は、前号に続き企業が取り組むカーボンニュートラルに焦点を当て、温室効果ガス(GHG)排出量削減目標設定・実行を取り上げます。前号で各事業者がGHG排出の抑制を図るためにはまず、自らの活動により排出されるGHG量を算定・把握する事を説明しました。今号では、排出抑制目標の設定、対策の立案・実施、効果の確認について説明したいと思います。
第3回の「ESG金融」で、パリ協定の成立などを機に、グローバル企業を中心に脱炭素に向けた中長期的目標の設定が国際的に拡大しており、CSV経営を事業運営の根幹に据えて、企業が中長期排出削減目標を進めることは気候変動の抑制につながるだけでなく、自社の企業価値向上、ひいてはビジネスチャンス獲得に結び付く事を話しました。
その一つの方法として、企業が気候変動の影響や自然資本の課題を評価・分析し、緩和や適応などの移行戦略を推進する為に、TCFDフレームワークやLEAPアプローチを使用している事を説明しましたが、今回は近年急速に拡大を続け、その参加企業が2024年3月には世界で7,705社(内日本企業988社)となった、SBTにおけるGHG削減目標の設定をベースとして話を進めたいと考えます。
まず、SBTの申請フローは図2の様になっています。特徴的なのは、2年以内にSBT設定(GHG排出削減目標設定)するという宣言=Commitをした後に、SBT基準に従った目標設定をし、適合審査で認定されて実行開始するという事です。
SBTはGHG排出削減の目標を設定する際の要件として、図3の様に規定しています。(スコープ1~3に関しては、第3回「ESG金融」を参照)SBTでは事業者全体のスコープ1及び2をカバーする全てのGHGが対象となります。スコープ3と言われる間接排出(事業者の活動に関連した他社の排出)が多い場合(スコープ3がスコープ1+2+3の40%以上)では、その排出量2/3以上をカバーする目標も設定する必要があります。
SBTでは排出削減目標を設定する際の時間軸は、図4にある様に、2015年以降で排出量が算出されている直近年を基準として、目標提出した時点より最短5年、最長10年以内である必要があります。
では、SBTにおいて認定を取得する為の具体的な排出削減目標は、どの様に設定される必要があるかを図5で確認したいと思います。パリ協定で採択された、世界の気温上昇を産業革命前よりも2℃を十分下回る水準(We Below 2℃:WB2℃)に抑え、1.5℃を目指す水準に適合する様に、SBTでは1.5℃水準が削減目標として設定されています。これを実現するには、排出を毎年4.2%以上削減していく事が必要になります。前述にあったスコープ3の排出量が多い場合は、その3分の2をカバーする目標を、2℃を十分下回る水準、毎年2.5%以上の排出削減をして行く事が求められます。尚、この際に第三者の排出削減による炭素クレジットを目標に折り込む事は出来ません。(長期目標で考慮する事は可能です)
このようにして、いつどれだけのGHG排出削減を目標にしなければならないかが見えてきましたが、それをどの様に達成するのかを計画・実行していく必要があります。達成方法は業種・業態及び排出するGHG種類により削減方法は違ってきますが、多くの企業に共通し、導入されている削減方法を見てみましょう。
まず、考えられるのが表1にある様にCO₂を排出しない再生可能エネルギーを導入するする方法です。電力会社のプランを、再エネで創った電気を扱う電力会社やプランに切り替えたり、太陽光発電で創った電気を使用することでCO₂削減を実現する事が出来ます。
次に考えるのが省エネです。製造業では使用電気量が最も多いのは生産設備ですが、その他の業態においては空調で、続いて照明の使用量が多くなっています。具体的な対策は表2にあるように、運用改善、部分更新・機能付加、設備導入の各省エネ対策タイプで考えられます。
この様な削減対策の検討結果をとりまとめ、洗い出した削減対策について①想定される温室効果ガス削減量(t-CO2/年)②想定される投資金額(円)③想定される光熱費・燃料費の増減(円/年)を定量的に算出します。 さらに、各削減対策の実施時期を決めた上で、表3のような形で企業全体のロードマップとして削減計画に整理します。作成した削減計画を毎年定期的に集計する事により、温室効果ガス排出削減量を集計出来るだけでなく、各年のキャッシュフローへの影響(実施した各削減対策による②と③の総和)を確認する事が出来ます。削減量が目標達成に不十分であれば、削減対策の追加が必要になりますし、他方、目標達成に十分であれば、全ての削減対策を実施する必要はなく、優先的に実施すべき対策を絞り込むことも考えられます。
基本的には、事業上の優先度を勘案することになりますが、削減コストの低い対策、すなわち(法定耐用年数当たりの投資金額+光熱費・燃料費増減額)/排出削減量 のできるだけ小さい(マイナスの大きい)対策を選択することも良いと思われます。また、削減計画の進捗を社内外へ積極的に発信することにより、社内の理解・協力が得られるだけでなく、新しい削減案の提案に結びつくこともありますし、連携した自治体や金融機関等をはじめとした幅広いステークホルダーと認識を共有でき、実行に向けた補助制度や融資制度等の活用に繋がる事も期待できます。
この様な排出量削減に取り組む日本企業が増加している状況にも拘わらず、欧州連合(EU)のコペルニクス気候変動サービス(C3S)は先日、直近1年間における世界の平均気温が観測史上初めて、産業革命前の水準より1.5℃高くなったことを発表しました。C3Sによると、2023年2月から2024年1月の世界平均気温は過去最高となり、1850年から1900年の産業革命以前の平均気温より1.52℃上回ったという事が確認されました。先進国の企業は従来にも増して排出削減に取り組む事、また発展途上国の企業も先進国の支援※1を受けて排出削減に取り組み、気候変動対策が加速する事が必須となって来ています。
※1 本年11月にアゼルバイジャンで開催された国連気候変動枠組条約締約国会議(COP29)で、発展途上国の地球温暖化対策資金拠出の目標を、従来の年間1,000億米ドルから、2035年までに年間3,000億米ドルへ3倍に増加させる事が合意されました。
【プロフィール】
一般社団法人 豊かな海の森創り 専務理事 桑原 靖
1984年に山口大学経済学部卒業後、㈱三菱電機に入社。主に半導体の海外営業営業に携わる。
2003年に㈱日立製作所と両社の半導体部門を会社分割して設立した、新会社ルネサステクノロジに転籍する。転籍後は、主に会社統合のプロジェクト(基幹システム=ERP)を担当。2010年にNECエレクトロニクス㈱を経営統合して設立されたルネサスエレクトロニクス㈱では、統合プロジェクトや中国半導体販売会社の経営企画なども担当。㈱三菱電機でのドイツ駐在、ルネサスエレクトロニクス㈱での中国駐在を含め、米国及びインドでの長期滞在等の多くの海外経験を持つ。2022年4月末でルネサスエレクトロニクス㈱を退職。
2023年年10月から一般社団法人豊かな海の森創り 専務理事就任。
同年11月には㈱JBPの取締役営業部長に就任。
一般社団法人 豊かな海の森創りホームページ:https://productive-sea-forest-creation.com/
TEL:03-6281-0223
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