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連載「海から考えるカーボンニュートラル」⑩

一般社団法人 豊かな海の森創りの活動を通して考える

連載 2025-01-16

一般社団法人 豊かな海の森創り 専務理事 桑原 靖
 これまでの9回の連載で、気候変動への取り組みをブルーカーボン生態系(海草藻場・海藻藻場・湿地&干潟・マングローブ林)から考えるだけでなく、温室効果ガス(GHG)排出削減に取り組む行政・企業の現状に関しても確認してきました。今回は一般社団法人「豊かな海の森創り」(PFC:Productive sea Forest Creation)の実際の活動を通して見えてくる、ブルーカーボン生態系の維持・再生における課題や、それにどの様に取り組んで行くべきなのかを考えてみたいと思います。

 まず、ブルーカーボン生態系の維持・再生の現場を担う漁協の課題を見てみましょう。PFCの活動現場においても、漁業関係者の高齢化は進んでおり、後継者を確保する事も容易ではありません。多くの漁業関係者は磯焼けの進行が海の生態系に影響を及ぼして、漁獲高の減少に結びついているのではと感じていますが、ブルーカーボン生態系の維持・再生が直接漁獲高の増加に即座に結びつくことはごく稀な為に、先ずは今の漁業活動での収益を向上する事が優先となり、慢性的な労働力不足の中ではブルーカーボン活動は二の次となってしまいます。漁獲高の減少傾向を危惧している行政も、資源管理を適切に行う必要性を感じています。資源管理の前提として、資源量の動向を的確に推定することが不可欠となります。十分な情報に基づく資源調査を行い、当該資源調査の結果に基づく最新の科学的知見を踏まえた資源評価を実施する必要があります。水産機構(国立研究開発法人水産研究・教育機構)は関係する都道府県及び大学等の研究機関との連携を図り、資源調査及び資源評価を行いますが、調査範囲が広いだけでなく、様々な要素が複雑に絡み合い、大きな変化や想定外の状況も発生する為、長期にわたるものとなり、まだまだ精度が高いものとなっていると言えない状況です。漁業関係者の安定した収益向上なくして、ブルーカーボン生態系の維持・保全も前に進められない状況となっています。

 次に企業における課題です。既に、多量にGHGを排出する企業(特定排出者)に関しては、国への報告も義務付けられており、GHG排出量削減への取り組みが進んでいる事を前号までに説明しています。そのような特定排出者においても、ブルーカーボン生態系の維持・再生に関しては、その投資対効果が大きく見込めない事も有って、積極的な活動に結びついていない状況です。ましてや、中小の企業においては、気候変動の取り組みの重要性を会社内で熟成する事から開始ないと、通常業務の中で会社としてブルーカーボン活動に取り組むことはもちろん、GHG排出削減への取り組みでさえも理解してもらう事が難しい状況です。社内で自らのリソースを使用して、気候変動に関する理解を深め、自社内の対応方針、目標や達成計画の策定をするのが望ましいのですが、社外の専門家のリソースを活用した効率的推進方法も有効となります。いずれの場合においても、全社を上げての積極的なブルーカーボン活動の実施とまで行かなくとも、活動を理解し、何かあれば社内の協力が得られるような状況を熟成しておく必要があります。

 
 次はブルーカーボン活動の現場やGHG排出削減の矢面に立つことのない一般市民の課題です。まず、どれだけの人がブルーカーボンを知っているでしょうか。今年は猛暑日が観測史上最多を更新する地域が多くなりました。豪雨に見舞われる事も多くなり、気候変動がニュースとして取り上げられる機会は増えています。しかしながら、ブルーカーボンとなると、何だかのイベントに参加して認知するか、偶然耳にしたブルーカーボンを学習しない限り、知る事もないのが実情だと考えます。現場の肌感覚で言うと、その認知度は1%にも満たないと思われます。そのような状況下では、ブルーカーボン活動は極一部の方のボランティアによるもので、ほとんどの方は、どの様な活動が行われているか知らない状況と言えます。一般市民のブルーカーボンの認知度を上げて、活動を盛り上げて持続可能なものにできるかは今後の課題と言えます。

 このような関係者の状況を理解した上で、ブルーカーボン活動をより上手く運営する事を目指してPFCは活動しています。例えば、ブルーカーボン生態系は、海水域や海中に存在している為、陸上に比較してその維持・再生に費用が必要となります。漁業者単独では負荷が大きく、行政の資金援助、企業の資金・事業活動支援、研究機関等の学術支援を結び付けて、一つの目標に向かって効率的に融合させます。そうやって成果に結びつける事によって、企業イメージ向上に貢献したり、研究機関の学術的理論を実際に検証したりできます。行政の支援も成果に結びつく意味あるものとして、関係者をはじめとして幅広く評価されていきます。最終的には図1にあるような、産官学連携したブルーカーボン活動を、市民生活にも定着させて行き、ボランティア活動に頼る事のない経済活動として、持続可能なものとして確立する事を目指します。新たな地域事業を創出する事により、漁協への人材の呼び込み、地域企業の活性化、地域住民の新たな地域自慢に繋がる事が期待もできます。

 ただ、このような新たな地域事業の創出を、短期間で実現する事は困難です。PFCでは次の様なブルーカーボン関連セミナーも地域で実施して、その実現に一歩一歩歩みを進める様にしています。(表1)

 話は変わってしまいますが、年末12月24日に経済産業省と環境省は、従来のGHG排出量削減目標である、2030年に2013年度比46%減に加えて、新たに2035年に同60%減、2040年に同73%減を目標として、本年2月末までに国連に提出する予定であることを発表しました。(図2)暮らしに直結する家庭部門での削減も71~81%折り込まれており、今後の生活様式の大きな変革も起こすと考えられます。この中には、ブルーカーボンに関する取り組みを積極的に進める事も盛り込まれています。ブルーカーボン生態系による温室効果ガスの吸収・固定量の算定方法については、一部を除き確立していないものもあることから、これらの算定方法を確立し、我が国の温室効果ガス排出・吸収目録(インベントリ)への反映を進め、国際的なルール形成を主導するとともに、沿岸域における藻場・干潟の保全・再生と地域資源の活用の好循環を生み出すことを推進する事へも言及されています。

 我が国日本は、経済・技術の両面で世界をリードする立場にある国の一員であると言えます。気候変動への対応においても、自国の目標を達成するだけでなく、発展途上国への支援も含めて、世界規模の対応へ貢献する事が期待されます。PFCのブルーカーボン活動も地域に根付いたものとして確立・発展させ、幅広い団体と連携して行く事により、その範囲を拡大し、カーボンニュートラル実現へより多く貢献する事を目指して活動を継続したいと考えています。

【プロフィール】
一般社団法人 豊かな海の森創り 専務理事 桑原 靖

1984年に山口大学経済学部卒業後、㈱三菱電機に入社。主に半導体の海外営業営業に携わる。
2003年に㈱日立製作所と両社の半導体部門を会社分割して設立した、新会社ルネサステクノロジに転籍する。転籍後は、主に会社統合のプロジェクト(基幹システム=ERP)を担当。2010年にNECエレクトロニクス㈱を経営統合して設立されたルネサスエレクトロニクス㈱では、統合プロジェクトや中国半導体販売会社の経営企画なども担当。㈱三菱電機でのドイツ駐在、ルネサスエレクトロニクス㈱での中国駐在を含め、米国及びインドでの長期滞在等の多くの海外経験を持つ。2022年4月末でルネサスエレクトロニクス㈱を退職。

2023年年10月から一般社団法人豊かな海の森創り 専務理事就任。
同年11月には㈱JBPの取締役営業部長に就任。

一般社団法人 豊かな海の森創りホームページ:https://productive-sea-forest-creation.com/
TEL:03-6281-0223

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