連載「海から考えるカーボンニュートラル」④
海の森「ブルーカーボン」生態系
連載 2024-07-11
一般社団法人 豊かな海の森創り 専務理事 桑原 靖
当連載の第1回では、「IPCC」の報告書で「二酸化炭素の増加量が、地球温暖化の主な原因と見られる」と報告されている事、産業革命以降の工業化の進展に伴い、多くの二酸化炭素が大気中へ排出されるようになり、人為起源の二酸化炭素は、大気中に大量排出されたのち、海洋(2010年代平均25億トン)や陸上(同34億トン)の吸収源に吸収されるが、残りは大気中(同51億トン)に留まり温室効果を増大させ、地球温暖化を引き起こす原因となっている事に触れました。今回からは人為起源の二酸化炭素の吸収源である大切な海に関してみていきたいと思います。
海の表面では大気との間で二酸化炭素のやり取りがされています。海水中(※1)のCO₂の濃度(分圧)が大気のCO₂のそれより小さくなると、大気から海中(※2)にCO₂が吸収されます。また、海水は多くのCO₂を吸収出来る事が知られています。海水中のCO₂の濃度は、有機物の分解によるCO₂放出によって高まったり、海洋植物の光合成などによって低下したりします。この海水中のCO₂は藻場などの海洋生態系が光合成により体内に取り込み、有機炭素を生成し、それらは海洋中(※3)に埋没することで長期間貯留されます。
※1海水中:海の水の中
※2海中:大気から海の中
※3海洋中:水だけでなく、海の中の土壌等も含める
この海洋生態系(図1)に取り込まれた炭素が、2009年国連環境計画(UNEP:United Nations Environment Programme)の報告書において、「ブルーカーボン」と命名されました。CO₂の吸収として良く知られているのは、陸地にある森林などが光合成をおこなう事で炭素を吸収・貯留するものです。これらはグリーンカーボンと呼ばれています。グリーンカーボンは地上にあるため、石炭のような長い年月をかけて炭素が閉じ込められるケースを例外として、生物体の死後は通常長くとも数十年から数百年程度のうちに分解されCO₂に戻ると考えられます。一方のブルーカーボン生態系はグリーンカーボン生態系と比較して、最大40倍の速さで炭素を貯蔵する(出典:Duarte, et al., 2005)と言われており、大気中のCO₂の吸収能力は高く、その面積は海洋の0.5%、陸上植物のわずか0.05%ですが、地球上の生物が隔離/貯蓄する炭素のほぼ半分を担っています。加えて、海洋生態系で貯蓄(図2)された炭素は、陸上と異なり分解され難い物理・化学条件下にあるので半永久的となります。
国連がブルーカーボン生態系の重要性を2009年に発表した時点では藻場のうち海草藻場のみが対象となっていましたが、近年は科学的根拠の蓄積が進んでおり、天然の海藻藻場や養殖海藻も効果的なCO₂吸収源とみなす事例が増えています。国連では現在、海洋で有効な5つのCO₂吸収源としてブルーカーボン生態系に加えて海藻養殖も含めています。(表1)
我々が生きている地球では、海の面積は約3億6,000万平方kmで、地球全体(約5億1,000万平方km)の約71%と大部分を占めており、陸地の面積である1億5,000万平方kmと比べると2.4倍にもなります。ブルーカーボン生態系を育む海は、地球環境の保全や、人間を含めた生物が生きていく上で大切な役割を果たしています。海の役割の中で最も基本的なもののひとつが大気との熱や水の交換となります。海は太陽から得た熱を地球全体へと送り出すとともに、海面からの蒸散を通じて大気へと水分を供給しています。また、海の熱容量は大気の約1000倍もあり、熱吸収源としての役割も果たしています。これ以外にもさまざまな役割を果たしている海の状況が大きく変わりつつあります。四方を海に囲まれた島国である日本は、陸地の国土の面積は約38万平方kmで世界第61位ですが、海の面積(領海およびEEZ)は、約447万平方kmと世界第6位(図3)の広さであり、その状況に関心を持ち、海洋保全に真剣に取り組む必要があります。
この大切な役割を担っている海に、気候変動と密接に結び付く様々な影響が出ています。我々が最近最も良く耳にするのが海面水温の上昇です。世界平均海面水温は100年当り0.55℃上昇しています。(図4)特に、日本近海の平均水温は、それを上回る1.14℃上昇しています。これは温まり易い陸地に近い事や、偏西風の北上に伴う熱帯循環の影響と考えられており、この世界平均より高い海面水温の上昇は続くとみられています。海面水温が高いと、人類の生活にも様々な影響を及ぼします。
日本近海の海面水温は年々高くなっている為、大気中に含まれる水蒸気の量は多くなり、これが台風のエネルギー源として、猛烈な台風が上陸する可能性が高くなることが示唆されています。また、極域では氷棚の崩壊や海氷が溶けることで水の体積が増え、加えて温度が上がることで水の体積が膨張し、海面水位が高くなり、赤道海域に点在する島々では海面上昇で国土の喪失に直面しています。また、魚は海水温により海域を移動するので、漁獲量や捕れる魚種は変わってきます。それ以上に、その海域の生態系全体を変えてしまう可能性が懸念されています。
気候変動に関わるもう一つの現象が海洋の酸性化です。世界の海面の水素イオン濃度指数(pH)は、10年当り約0.02の割合で減少しており、工業化以降で約0.1低下したと見積もられています。日本も南の海洋を中心に同様の酸性化が進むと予想されます。これは人為的二酸化炭素の排出量が増大し、大気の二酸化炭素の濃度を調節する為、海がその限界までCO₂を吸収しているからと考えられています。二酸化炭素は水に溶けると酸性となり生物の殻や骨格になっている炭酸カルシウムの生成を妨害します。「IPCC」が作成した報告書によると、このまま二酸化炭素の排出量を抑制しなければ、海洋表面の平均pHは21世紀末までに最大0.3低下すると予測されています。それが現実のものとなれば、サンゴや、カキ・ホタテなどの貝類、エビ・カニなどの甲殻類といった、炭酸カルシウムで殻をつくる海の生き物たちの成長・繁殖を妨げ、寿命にも影響を及ぼすと危惧されています。また、それらを捕食して成長するサーモンやトラウトなどの漁獲量の減少も懸念されています。
陸上の森林に比べて非常に少ない面積で、地球上の生物の貯留する炭素のほぼ半分を担う海の森ブルーカーボン生態系、それを育む海に気候変動と密接に結び付く影響が発生している事を説明してきました。次回からはそれが海の森ブルーカーボン生態系をどの様に脅かしているか、それを維持・再生するため日本や世界においてどの様な取り組みが行われているかをみていきたいと思います。
【プロフィール】
一般社団法人 豊かな海の森創り 専務理事 桑原 靖
1984年に山口大学経済学部卒業後、㈱三菱電機に入社。主に半導体の海外営業営業に携わる。
2003年に㈱日立製作所と両社の半導体部門を会社分割して設立した、新会社ルネサステクノロジに転籍する。転籍後は、主に会社統合のプロジェクト(基幹システム=ERP)を担当。2010年にNECエレクトロニクス㈱を経営統合して設立されたルネサスエレクトロニクス㈱では、統合プロジェクトや中国半導体販売会社の経営企画なども担当。㈱三菱電機でのドイツ駐在、ルネサスエレクトロニクス㈱での中国駐在を含め、米国及びインドでの長期滞在等の多くの海外経験を持つ。2022年4月末でルネサスエレクトロニクス㈱を退職。
2023年年10月から一般社団法人豊かな海の森創り 専務理事就任。
同年11月には㈱JBPの取締役営業部長に就任。
一般社団法人 豊かな海の森創りホームページ:https://productive-sea-forest-creation.com/
TEL:03-6281-0223
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