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連載「海から考えるカーボンニュートラル」⑧

企業が取り組むカーボンニュートラル 「温室効果ガスの排出量算出」

連載 2024-11-15

一般社団法人 豊かな海の森創り 専務理事 桑原 靖
 今号及び次号は、編集部の関心が高い、「企業が取り組むカーボンニュートラル」に焦点を当て、温室効果ガス(GHG)排出量算出とGHG排出量削減目標と実行を2回に分け取り上げてみたいと思います。

 各国が2050年カーボンニュートラル等の脱炭素目標を宣言する中、機関投資家もその実現に関心を持つようになり、企業も脱炭素経営や気候関連情報開示を求められるようになっています。我が国においても、2020年10月に「温室効果ガス排出量を2050年までに実質ゼロとする目標を宣言」し、2021年4月に「温室効果ガス排出量を2030年までに 2013年度比46%削減する目標を宣言」しています。更に、2022年12月には今後10年を見据えて、エネルギー安定供給・経済成長・脱炭素を同時に実現する政策をまとめたロードマップ「GX※1実現に向けた基本方針」がまとめられました。この基本方針には、「エネルギーの安定供給」と「脱炭素社会への移行と経済成長の同時実現」に向けて、省エネルギー(省エネ)の徹底、再生可能エネルギー(再エネ)や原子力発電などのクリーンエネルギーの活用をはじめ、それらを進めていくための政策パッケージについて具体的な方法が盛り込まれています。世界的にエネルギー情勢が変化しているなかで、日本が打ち出したエネルギー安定供給・経済成長・脱炭素を同時に実現する政策の方向性はどのようなものでしょうか。
※1 GX:「グリーントランスフォーメーション(Green Transformation)」のこと。これまでの化石エネルギー(石炭や石油など)中心の産業構造・社会構造から、CO₂を排出しないクリーンエネルギー中心に転換することの意味。

 2050年にカーボンニュートラルを達成するとともに、日本の産業競争力強化・経済成長を実現するためには、さまざまな分野で投資が必要となります。その規模については、政府として、今後10年間で150兆円を超える規模が必要と想定しています。こうした巨額のGX投資を官民が協調して実現するために、「成長志向型カーボンプライシング構想」を実行していきます。「カーボンプライシング」とは、炭素に価格をつけて、炭素の排出者の行動を変容させる政策手法です。基本方針で示された「成長志向型カーボンプライシング構想」では、新たな国債の発行による先行投資支援や、炭素の排出量取引、炭素に対する賦課金制度の導入などの3つの措置が盛り込まれました。「成長志向型」とある通り、規制と支援を一体化した投資促進策により、経済成長につなげるようなしくみが示されています。企業が自主的に参加するGXリーグ※2において、2023年4月から試行的に「排出量取引制度」がスタートしていますが、これをさらに強化する形で2026年度頃から本格的な稼働が予定されています。「排出量取引」とは、各企業の排出実態に応じて、目標以上に削減を達成した企業が、目標達成できずに排出した企業と、排出量を取引することができる制度です。
※2 GXリーグ:2050年のカーボンニュートラルを掲げる企業が自主的に参加する、官・学と共に協働する枠組みです。参画企業は2030年の削減目標を自主的に設定し、目標を超過達成すると、超過分をクレジットとして売却できます。目標に届かない場合は、取引市場を通じてクレジットを調達する他、国内のCO₂削減事業から発行されるJクレジットなどを調達して埋め合わせが出来ます。

 このような中、各事業者が温室効果ガス(GHG)の排出の抑制を図るためには、まず、自らの活動により排出されるGHGの量を算定・把握する必要があります。これにより、排出抑制対策を立案・実施し、対策の効果をチェックし、新たな対策を策定して実行することが可能になります。特に、改正された地球温暖化対策の推進に関する法律(温対法)に基づき、2006年4月1日から温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度(SHK制度 図1)により、温室効果ガスを多量に排出する者(特定排出者※3)は、自らの温室効果ガスの排出量を算定し、国に報告することが義務付けられました。また、国は報告された情報を集計し、公表することとされています。
※3 特定排出者:エネルギー起源CO₂については、事業者が設置している全ての事業所における年間のエネルギー使用量が原油換算で1,500kl以上の事業者、省エネ法の特定貨物輸送事業者、特定荷主、特定旅客輸送事業者及び特定航空輸送事業者となります。それ以外の温室効果ガスについては、事業者全体で常時使用する従業員の数が21人以上であって、且つGHGの種類ごとに、年間CO₂換算で3,000tCO₂以上排出している事業者です。また、報告が必要かどうかは、事業者自らが、政省令で定められた算定方法・排出係数を用いて排出量の算定を行って判定します。

 温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度では、①報告の対象者及び対象ガスを判定する場合、②報告する排出量を求める場合の2回にわたり排出量を算定することとなります。エネルギー起源二酸化炭素(CO₂)の場合は、エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律(昭和54年法律第49号。「省エネ法」)の算定方法により原油換算したエネルギー使用量の合計が 1,500kl/年以上であるかどうか、省エネ法による特定貨物輸送事業者又は特定荷主等に指定されているかどうかで判定することとなります。エネルギー起源 CO₂以外の温室効果ガス(非エネルギー起源 CO₂、CH₄、N₂O、HFC、PFC、SF₆、NF₃)について本制度に基づく報告の対象となる者(特定排出者)は、事業者全体で常時使用される従業員数が 21 人以上であり、かつ、いずれかの温室効果ガスの排出量が CO₂換算で年間3,000トン以上である事業者です。

 では、具体的な算定方法を環境省の温室効果ガス排出量算定・報告マニュアル(Ver5.0:以下マニュアル)に従ってみてみます。基本的な算出方法は図2の様なフローになります。

 活動量とは、温室効果ガスの排出量と相関のある排出活動の規模を表す指標であり、活動により異なりますが、生産量、使用量、焼却量等がこれに該当します。エネルギー起源CO₂排出量の算定に当たっては、特定輸送事業者、特定荷主等の単位で、①燃料の使用、②他人から供給された電気の使用、③他人から供給された熱の使用の3つの排出活動を抽出します。エネルギー起源CO₂以外の温室効果ガスに関して、報告の対象者及び対象ガスを判定する場合や報告する排出量を求める場合には、温室効果ガス毎に定めた当該温室効果ガスを排出する事業活動を抽出します。各温室効果ガスについて、報告の対象となるかどうかを判定する場合には、マニュアルに記載の地球温暖化対策の推進に関する法律施行令(平成11年政令第143号)に基づく算定方法及び特定排出者の事業活動に伴う温室効果ガスの排出量の算定に関する省令(平成18年経済産業省・環境省令第3号)に基づく排出係数を用いて算定した量で判定します。

 一方、報告する排出量を算定する場合には、マニュアルに記載の政令及び算定省令に基づく算定方法・排出係数を用いて算定するほか、実測等により求めた排出量や単位発熱量・排出係数を用いることもできます。なお、他人に供給した電気又は熱に伴うCO₂の排出量や、他人に供給した温室効果ガスの量は温室効果ガス排出量から控除します。また、個別の温室効果ガスにより地球温暖化係数が異なるため、個別の温室効果ガスごとに合算した上で CO₂換算値を求め、最後に全体で合算します。ここでいう地球温暖化係数とは、温室効果ガスごとに地球温暖化をもたらす程度についてCO₂との比を表したもので、温室効果ガスごとに異なっています。例えば、CH₄では地球温暖化係数は28ですが、これはCH₄を1t排出することはCO₂を28t排出する事と同じ温室効果があることを意味しています。 こうして各温室効果ガスの算定排出量をCO₂換算して合算して基礎排出量を求め、無効化した国内・海外認証排出削減量等を反映した調整後排出量を求めます。(図3)

 この様にして、排出量を報告する特定事業所排出者は2021年には11,963社、特定輸送排出者は1,321社となり、報告された排出量合計は6億1,358万tCO₂となっています。

 我が国全体でカーボンニュートラルの実現を目指していく上では、排出量が大きい大企業だけでなく、日本全体の排出量の1~2割弱を占める中小事業者における取り組みも必要不可欠となります。 また、昨今は国際的な潮流としてサプライチェーン全体でのカーボンニュートラルを目指す大企業が増加している為、サプライヤー等の取引先の中小事業者に対する脱炭素化の要請が高まっています。現状、中小事業者では大企業に比べると全体として取り組みが遅れている傾向にあり、まずは最初のステップとして、脱炭素化に対する意識醸成から着手し、カーボンニュートラルへの挑戦が、自社や日本全体の大きな成長につながるという発想で取り組んでいく意識を持つことが重要となります。

 次に、脱炭素化を進めるための検討・実施体制を構築する事が必要となりますが、人員不足の場合は、診断機関や環境省支援事業等の外部リソースを活用することも有効となります。環境省では中小事業者の脱炭素への取り組みを支援する為に、工場・事業場における先導的な脱炭素化取組推進事業(SHIFT事業:Support for High-efficiency Installations for Facilities with Targets)を実施しています。SHIFT事業は脱炭素化のロールモデルとなる取り組みを創出し、その知見を広く公表して横展開を図り、我が国の2030年度温室効果ガス削減目標の達成や2050年カーボンニュートラルの実現に貢献することを目的としています。意欲的なエネルギー起源CO₂削減目標を盛り込んだ脱炭素化促進計画を策定する事業及び脱炭素化促進計画に基づき高効率機器導入・電化・燃料転換・運用改善を実施してCO₂排出量を削減し、排出量の算定及び排出枠の償却を行う事業に対して補助金を交付しています。(図4)

 ここまで、大企業を中心とした特定排出者のSHK制度によるCO₂排出量の算定方法と環境省の実施するSHIFT事業による中小企業の脱炭素化への支援を説明してきました。次回はGHG排出量削減目標と実行に関して見て行きたいと考えています。

【プロフィール】
一般社団法人 豊かな海の森創り 専務理事 桑原 靖

1984年に山口大学経済学部卒業後、㈱三菱電機に入社。主に半導体の海外営業営業に携わる。
2003年に㈱日立製作所と両社の半導体部門を会社分割して設立した、新会社ルネサステクノロジに転籍する。転籍後は、主に会社統合のプロジェクト(基幹システム=ERP)を担当。2010年にNECエレクトロニクス㈱を経営統合して設立されたルネサスエレクトロニクス㈱では、統合プロジェクトや中国半導体販売会社の経営企画なども担当。㈱三菱電機でのドイツ駐在、ルネサスエレクトロニクス㈱での中国駐在を含め、米国及びインドでの長期滞在等の多くの海外経験を持つ。2022年4月末でルネサスエレクトロニクス㈱を退職。

2023年年10月から一般社団法人豊かな海の森創り 専務理事就任。
同年11月には㈱JBPの取締役営業部長に就任。

一般社団法人 豊かな海の森創りホームページ:https://productive-sea-forest-creation.com/
TEL:03-6281-0223

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