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連載「海から考えるカーボンニュートラル」⑦

ブルーカーボン生態系の保全・再生を助ける「Jブルークレジット®」

連載 2024-10-15

一般社団法人 豊かな海の森創り 専務理事 桑原 靖
 海の森ブルーカーボン生態系を磯焼けから保全・再生する取り組みを、行政の支援も受け、漁業者のみならずNPO・ボランティア等が地域の協力を受けて実行しています。しかしながら、前号で触れた通り、磯焼けの原因は複雑に絡み合っており、それを特定する為に様々な検証・検査が必要となるだけでなく、その対策の検討・実行に際しても、多大な時間・人員・費用が掛かる事になります。加えて、海の森ブルーカーボン生態系を保全・再生する事が、地球温暖化の為に良い事だと理解できても、投資対効果が直接的に享受出来難い事から、活動に際しての資金調達にも労力が必要な状況です。

 そこで、京都議定書から開始され、パリ協定で日本が提案した市場メカニズムとしてのカーボン・オフセットが注目され始めています。日本は2050 年までに二酸化炭素(CO₂)をはじめとする温室効果ガス(GHG)の排出を実質ゼロにするカーボンニュートラルを目指しています。カーボンニュートラル達成の為には、我々はできる限りCO₂の排出を減らす努力が必要ですが、残念ながらどうしてもゼロに出来ないものもあります。そこで、海の森ブルーカーボン生態系の再生によりCO₂を削減・吸収量を購入することで埋め合わせるカーボン・オフセットで調整することが解決策の一つとなります。 今年になり、我が国の削減目標にブルーカーボン生態系によって吸収・貯留される炭素(ブルーカーボン)を、環境省がGHGインベントリーとして登録した事もあり、豊かなブルーカーボン生態系を有するわが国においては、カーボンニュートラル達成に向けた有力な取り組みとして、益々その活用に大きな期待が寄せられる様になりました。 カーボン・オフセットを実運用する為には海草・海藻類によるCO₂貯留量算定手法とその考え方をまとめる必要があります。

 近年、農林水産省委託プロジェクト研究である「ブルーカーボンの評価手法及び効率的藻場形成・拡大技術の開発」で得られた研究成果に基づいて、海洋生態系によって吸収・貯留される炭素(ブルーカーボン)が定量化されるようになりました。国連気候変動枠組条約を批准している我が国は、自国の温室効果ガス(GHG)の排出量・吸収量の算定結果を条約事務局に報告しなければなりませんので、その算定は気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)が作成したガイドラインに準拠する必要があります。少し数式的な話になりますが、ブルーカーボン定量化(CO₂貯蓄量算定)の方法を、その基本的な考え方で見てみましょう。 

 藻場のCO₂貯留量は、単位面積当たりの藻場が貯留するCO₂量(吸収係数)を求め、藻場の面積(活動量)※1を乗じることで算定します。(式1)吸収係数は、既に第4回目(海の森「ブルーカーボン」生態系)で説明している、①堆積貯留、②難分解貯留、③深海貯留、④RDOC貯留の4つの貯留プロセスを経て海底・海中に長期間貯留されるCO₂量を表します。
※1 人為活動によってブルーカーボン生態系が創出・回復・維持された面積

 CO₂隔離量を4つの貯蓄プロセス毎にその残存率を乗じて計算するには、専門的な観測や分析機器、実験、解析が 必要となります。(式2)そこで、農林水産省の委託研究の成果として、藻場タイプ・海域区分別の吸収ポテンシャル※2を算定・公開し、吸収係数を簡易的に計算する事を可能にしています。

※2 吸収ポテンシャルは、最大現存量(Bmax)1gが貯留するCO₂量を表し、式2に於いて最大現存量(Bmax)と生態系変換係数(Ej)※3を除いた残りの部分になります。
※3 生態系変換係数とは、海藻上の付着珪藻や混生する他の海藻の現存量が無視できない場合などに、追加的な補正を行うための係数です。補正がない場合はEj=1とします。これにより、吸収係数は吸収ポテンシャルに最大現存量(Bmax)と生態系変換係数(E)を乗じることにより求められます。


 このようにして、実際の藻場のCO₂貯留量は以下のフロー(図1)に従って算定することができます。

 こうしてブルーカーボンを定量化する事が可能となりましたが、一般的な国際標準(ICVCM※4から提案されている「コアカーボン原則※5」)とされる100年間以上の長期にわたって沿岸域・海洋に貯留されるべきCO₂の数量を、客観的方法論に基づき科学的・合理的に算定し、これを認証する事が求められます。そこで、日本ではジャパンブルーエコノミー技術研究組合 (Japan Blue Economy association以下JBE※6) が、独立した第三者委員会による審査・意見を経て、新たなカーボン・クレジットとして「Jブルークレジット」と命名し、その制度を創設・運用しています。
※4 ICVCM:Integrity Council for the Voluntary Carbon Market
※5 コアカーボン原則(Core Carbon Principles, CCPs):カーボン・オフセット市場における信頼性と透明性を確保するための基準やガイドラインのことを指します。
※6 国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所と公益財団法人笹川平和財団を中心組合員とした、技術研究組合という国(主務大臣)の認可法人。現在は実社会でビジネスを展開する組織ではないが、今後数年を目処に、新たな法人を発足させ、実社会で上記の目標達成のためのビジネス化や社会活動を展開することを念頭に置いています。


 「Jブルークレジット」は、プロジェクト申請者による事前相談から始まり、対象プロジェクトの確認、関係者の把握・調整・調査、オンラインシステムによる申請、現地ヒアリング・申請内容確認までの対応が必要になります。「Jブルークレジット」は、プロジェクトの実施により吸収・貯留されたCO₂吸収量を対象とし、申請されたCO₂吸収量はJブルークレジット審査認証委員会(第三者委員会)での検証を経て「Jブルークレジット」として認証されます。 認証の対象は、プロジェクトの対象生態系の創出・回復・維持等により1年間で吸収・貯留したCO₂吸収量から、プロジェクトを実施していない場合のCO₂吸収量(ベースライン)を差し引いた量であり、申請は1年単位で実施されます。将来の見込みではなく、あくまで既に行われたプロジェクトの実施による過去の実績に基づくクレジットであることから、その品質・確実性は高いものとなります。「Jブルークレジット」の申請対象となるプロジェクトは、自然基盤※7・人工基盤※8に関わらず申請が可能です。但し、「追加性」※9と「ベースライン」※10を満たしている事が求められます。このようにして認証されたプロジェクトの申請内容は、JBEのHPで確認することができます。
※7 藻場、マングローブ、塩性湿地(干潟)、その他内湾等の自然海岸ならびに自然海域における活動
※8 人工基盤(構造物、養殖施設等)における活動
※9 追加性の考え方や要件は、「クレジット取得が、活動の維持や発展につながること」で、①吸収量の増加あるいは減少抑制をも目的として自主的に活動したこと ②クレジット取得が必要な理由 ③クレジット取得による気候変動緩和策(プロジェクト含む)の持続・拡大へ向けた計画や見通し、の3点が確認できる事。
※10 プロジェクトを実施していない場合の状況をベースラインとしています。自主的な活動の結果、吸収量が増加した事が、プロジェクトの実施前後の比較 (Before-After)、かつプロジェクト実施場所と実施していない場所との比較(Control-Impact)の両側面から示される事。


 このようにして、日本に於いても藻場のCO₂貯留量は算定可能となり、JBEにより「Jブルークレジット」として、認証・発行・管理される様になりました。2020年にJBEにより初めて認証された「Jブルークレジット」は23tCO₂/年と僅かでしたが、2022年には150倍以上3,733tCO₂/年にまで拡大しています。この「Jブルークレジット」を活用することで、クレジットの申請者はクレジット売却による活動資金の調達ができるほか、活動の認知度の向上により活動の活性化が見込めます。またクレジット購入者は、自らのCO₂削減以外でも温暖化対策活動に取り組んでいる事を数値化して、それを開示する事により企業価値を向上出来るなど、双方にとって Win-Win となる環境と経済の好循環を生み出す仕組みとなっています。(図2)こうして、冒頭で自身ではどうしてもゼロにできない排出量については、他者による CO₂の削減・吸収量の購入によって埋め合わせるカーボン・オフセットで調整することが可能になってきています。国連がブルーカーボン生態系の重要性を2009年に発表した時点では藻場のうち海草藻場のみが対象となっていましたが、現在では科学的根拠の蓄積が進んでおり、天然の海藻藻場や日本沿岸で盛んに行われている養殖海藻も効果的なCO₂吸収源とみなされる様になり、今後ますますカーボン・オフセット活動拡大が期待できるようになって来ました。

 パリ協定の発効に伴い、四方を海に囲まれ、世界第6位の海の面積(領海・EEZ)を持つ島国日本は、ブルーカーボン生態系でのCO₂吸収・貯蓄により、気候変動緩和と気候変動適応へ向けた取り組みが期待され、「Jブルークレジット」の活用によるカーボン・オフセットにより、その一層の加速を目指したいところです。しかしながら、多くの企業は2030年に向けた温室効果ガス(GHG)排出削減に向けて注力しており、ブルーカーボンの認知度そのものが高くない事から、「Jブルークレジット」の活用とそれを基にしたカーボン・オフセット運用も、これからどのように推進させて行くかを考えていかねばなりません。「Jブルークレジット」を活用したカーボン・オフセットの運用により、気候変動の緩和・適応へ向けたブルーカーボン生態系の創出・回復・維持活動が、持続的に発展する事が望まれます。

【プロフィール】
一般社団法人 豊かな海の森創り 専務理事 桑原 靖

1984年に山口大学経済学部卒業後、㈱三菱電機に入社。主に半導体の海外営業営業に携わる。
2003年に㈱日立製作所と両社の半導体部門を会社分割して設立した、新会社ルネサステクノロジに転籍する。転籍後は、主に会社統合のプロジェクト(基幹システム=ERP)を担当。2010年にNECエレクトロニクス㈱を経営統合して設立されたルネサスエレクトロニクス㈱では、統合プロジェクトや中国半導体販売会社の経営企画なども担当。㈱三菱電機でのドイツ駐在、ルネサスエレクトロニクス㈱での中国駐在を含め、米国及びインドでの長期滞在等の多くの海外経験を持つ。2022年4月末でルネサスエレクトロニクス㈱を退職。

2023年年10月から一般社団法人豊かな海の森創り 専務理事就任。
同年11月には㈱JBPの取締役営業部長に就任。

一般社団法人 豊かな海の森創りホームページ:https://productive-sea-forest-creation.com/
TEL:03-6281-0223

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