「海から考えるカーボンニュートラル」⑥
「磯焼け」に挑む
連載 2024-09-12
一般社団法人 豊かな海の森創り 専務理事 桑原 靖
海の森ブルーカーボン生態系は磯焼けという問題に直面し、行政の支援も受け、漁業者のみならずNPO、ボランティア等の地域の協力により、水産庁の「磯焼け対策方法の検討フロー」を実行しています。今回はその具体的取り組みを、対策の研究も含めてみて行きたいと思います。
少し振り返りとなりますが、海藻は概ね冬から初夏にかけて繁茂して藻場を形成します。夏を過ぎると先枯れや流失によって海藻の現存量は減少し、海域によっては藻場がすっかりなくなってしまうところもあります。このような季節要因による一時的な藻場の衰退や、台風による海底の攪乱、降雨による河川からの大量の淡水流入などによる衰退が発生しますが、良好な海域環境が保たれていれば、減少の原因が収束し、影響が軽減されると1~2年で藻場は回復します。一方磯焼けは、藻場が季節的衰退や多少の経年変化の範囲を超えて、著しく衰退または消失して貧植生状態となり発生します。万一、磯焼けが発生してもいち早く察知し、対策を的確に実施すれば、回復することも期待できます。日頃から藻場やそれを取り巻く環境の変化に気が付くように、日常的にモニタリングを行うことが磯焼け対策の第一歩です。この様なモニタリングを実施した結果として、磯焼けが発生した事が確認され、その対策を実施した事例を2件取り上げたいと考えます。
まず1件目は、「鳥取県におけるムラサキウニの集中駆除の取り組み」です。近年ムラサキウニが大量発生し、鳥取県内全域で食害による急激な藻場の衰退が確認された例です。 国県市町の補助事業で漁業者によるウニ駆除が実施されましたが、ムラサキウニが著しく増加(18.6個/㎡)しており、これまでのやり方では追い付かない状況が確認されました。それまでの駆除は、広範囲の駆除(間引き)となっており、効果が現れ難くなっている事から、県市町負担の連携事業により、ムラサキウニの集中駆除を実施し、藻場が回復するか試験されました。 取り組み地区は県内14地区(2023年から15地区へ拡大) で、漁業者およびボランティアダイバーにより、駆除区画を明確にして、2022年から8年にかけて、駆除区画内のウニを確実に減少させるウニ集中駆除(ウニが見えなくなるまで)を計画・実施し、海藻(アラメ移植)の増加を図る事にしました。 その結果として、23地点中18地点でウニ分布密度が減少し、半年後もある程度、効果継続していました。海藻量も14地区での調査結果(図1:例)として、10地区で増加が確認されました。
研究では、ウニを除去する時の数値目標として、植食動物200g/平方mが知られています。この他にも、色々な地域で、ムラサキウニ 100~150g/平方m未満、同3.3個/平方m、ナガウニ属4.7個/平方m、ガンガゼ属1.7個/平方m、シラヒゲウニ1.3 個/平方m等の報告があります。ウニによる磯焼けから藻場を回復させるためには、ウニ密度を現状の1/10程度まで下げる必要がありそうです。また、植食動物の総摂餌量が海藻の生産量の1/3から1/4であれば、群落は維持できるとも言われています。
2件目は「壱岐市における藻場回復の取り組みについて(植食性魚類駆除の取り組みとその効果)」です。2013年以降、夏季の高水温の度に、着実に北から藻場が消失していました。 場所によっては、魚類の食害が激しくなる秋季に、アラメ・カジメ類が幼体のみになって、成体はなく、ワカメも食害により生育できない状態でした。2018年まで被害の少なかった南東部でも食害が激しくなる可能性に直面するまでになってしまいました。壱岐市において磯焼けの要因を調査検討したところ、周辺海域で植食性魚類であるイスズミが増加、また活動も活発化しており、 磯焼けの主な原因はイスズミによる食害である可能性が高い事が分かりました。
そこで、磯焼け対策推進体制を一元化し、効果的に磯焼け対策関連事業を行う事で藻場の早期回復を図ることを目的とし、壱岐市磯焼け対策協議会(構成員:市内5漁協、郷ノ浦町/勝本町/箱崎/壱岐東部/石田町、壱岐振興局、壱岐市)が設立されました。壱岐市では漁獲高が約1/5(67t)、漁業従事者が約1/3(109人)に減少していたので、漁協を通じて専従捕獲員を壱岐島内で50人雇用し、予定期間中25回の活動(銛や水中銃等の各漁業者が使用しやすい漁具を選定して、漁具も協議会にて負担)を計画・実行し、その結果、4年間(2019年~2022年)のイスズミ駆除は26,664匹となり、守られた海藻の量は1,200トン(3,000g×300日×体重の5%×26,664匹=約1,200トン)に相当する活動(図2)となりました。また、同時に母藻の減少を補う為に、海藻の生えている海域に藻場増殖ブロックを投入し、種子を付着させ各海域へ移送する等で、約276haの広大な藻場を繁茂させるまでになりました。
磯焼け対策の事例を2件取り上げましたが、いずれの場合も磯焼けが長期間継続すると、種子を供給する成熟した海藻(母藻)が減少し、供給量不足で藻場の衰退が発生します。種子不足が懸念される磯焼け域の海底では、種子を供給することにより藻場の回復を図る事になります。種子の供給方法には、成熟した母藻を移植する「母藻利用」と、母藻から種子を取って種苗等を育成し、海底に植付をする「種苗利用」があります。いずれの場合も、 移植した母藻や種苗が残り、それ自体が藻場となるだけでなく、本来の目的である再生産できる藻場復活を実現する為に、海藻が成長・成熟して新たな種子の供給源となることを確認することが必要となります。尚、遠隔地の母藻は環境変化が大きく傷み易く、遺伝子攪乱につながる可能性があるとの指摘がある為、近傍の藻場から入手するのが望ましいとされています。
また、沿岸構造物が建設されると波浪や沿岸流等が変化し、藻場への激しい流れで岩礁表面が削られたり、岩礁の埋没が起こることがあります。この様な藻場の基質が砂に埋没した場合は、新たに基質を提供して海藻の再生を促す必要が出て来ます。基質には波浪に対する消波ブロック等が利用される事も多くありますが、安定性・耐波性に優れ、海藻の着生面積が広い、様々な形状のものが考案されています。最近では、海藻の着生を促進させる材質や形状の工夫、あるいは浮泥が堆積しにくい工夫等が研究され使用され始めています。投入にあたっては、適切な場所の選定と維持管理の計画や実施が必要となります。
ここで、海藻の成長にも目を向けておきたいと思います。海藻は成長に窒素やリン等の栄養塩※1を、海水中で葉面から取り込み、光合成を行って成長・繁殖していきます。海藻の葉面からの栄養塩の吸収は、流速が大きくなるほど取り込み量が大きくなります。単位時間当たりの単位面積の葉重量の増加は、栄養塩濃度と流速との積の増加に伴って増えると言われており、その積は「栄養塩フラックス」と呼ばれています。海流のある汐通りの良い場所は栄養塩が豊富とされており、海藻がよく育つと言われています。栄養塩濃度の高い海水が十分に供給されなくなると、海藻は栄養塩不足となり成長が制限されるので、藻場の回復には適度な栄養塩が必要です。
※1栄養塩:生物の成長や増殖に欠かせない無機塩類のことです。海洋植物では窒素N やリン Pが不足することが多いので、通常はこれらを栄養塩と呼んでいます。マンガン、銅や鉄などは窒素やリンに比較して僅かしか海洋植物に摂取されませんが、必須の元素であることから微量元素あるいは微量金属、微量栄養塩と呼ばれ、これも栄養塩に含めています。
そこで磯焼け対策の1つとして、陸上の植物に与える施肥と同様の方法が海洋でも始まっています。植物の成長は、最も不足する栄養素の供給量によって制限される、リービッヒの最小律が有名です。海洋植物でも同様であることが古くから指摘され、植物プランクトンの増殖に必要な栄養塩の比率は、一般的な外洋では、C:N:P=106:16:1(モル比※2)とされ、研究者の名前をとってレッドフィールド比と呼ばれています。レッドフィールド比の考え方は海藻にも応用でき、海藻の藻体内に貯留されている全窒素・リン含量は、海水中の濃度と相関するので、対象とする海藻の不足しがちな成分の判断材料になります。海域の栄養塩の状態を判断する場合、この比が重要となります。例えば、窒素とリンの比(N/P 比)が 16 に近いと植物プランクトンが効率よく、これらの栄養塩を利用して増殖していると考えられますが、N/P比が16より大きいとリンが増殖の制限要因となり、逆にN/P比が16より小さいと窒素が制限要因となっている可能性があります。
また、最近ではこの比に鉄濃度を付加して、一般的な外洋における植物プランクトンに対して、C:N:P:Fe=106:16:1:0.005(モル比)が適切な比率であると注目を集めています。鉄の要求量はリンの1/200と非常に小さく、窒素N、リンP、ケイ素Siが豊富で鉄が不足する海域では、わずかな鉄の添加により、海藻の増殖を促す事が出来ます。日本食品標準成分表によれば、アオノリやヒジキは鉄分含有量が多く、大型褐藻のコンブやワカメは少ない傾向にあります。海藻の成分は季節や場所など環境の影響を強く受けると考えられるので表 1の結果も環境に応じて変化する可能性があります。
※2モル比:各成分の量をモル数(分子個数 6.02×10²³)で表したものの割合
前号で触れた水産庁の「磯焼け対策方法の検討フロー」を、実際に実行した例で、特定された磯焼けの原因に対する対策手法を見てみました。既にお気付きと思いますが、磯焼けの原因は複雑に絡み合っており、それを特定する為に様々な検証・検査が必要となるだけでなく、その対策の検討・実行に際しても、多大な時間・人員・費用が掛かるものとなります。次号以降は、これらの対策の検討・実行の課題への解決策としても期待される、カーボンクレジット(Jブルークレジット)等を中心に見て行きたいと考えます。
【プロフィール】
一般社団法人 豊かな海の森創り 専務理事 桑原 靖
1984年に山口大学経済学部卒業後、㈱三菱電機に入社。主に半導体の海外営業営業に携わる。
2003年に㈱日立製作所と両社の半導体部門を会社分割して設立した、新会社ルネサステクノロジに転籍する。転籍後は、主に会社統合のプロジェクト(基幹システム=ERP)を担当。2010年にNECエレクトロニクス㈱を経営統合して設立されたルネサスエレクトロニクス㈱では、統合プロジェクトや中国半導体販売会社の経営企画なども担当。㈱三菱電機でのドイツ駐在、ルネサスエレクトロニクス㈱での中国駐在を含め、米国及びインドでの長期滞在等の多くの海外経験を持つ。2022年4月末でルネサスエレクトロニクス㈱を退職。
2023年年10月から一般社団法人豊かな海の森創り 専務理事就任。
同年11月には㈱JBPの取締役営業部長に就任。
一般社団法人 豊かな海の森創りホームページ:https://productive-sea-forest-creation.com/
TEL:03-6281-0223
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