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連載「つたえること・つたわるもの」(75)

気の達人・西野皓三先生、躍動する〈身体知〉、〈気育〉のことば。

連載 2019-10-08

★「立ち合ってみなければ勝つか負けるかわからない、それは喧嘩です」
 本来、剣道の達人同士の立ち合いとは、お互いに目礼した時点で、相手と自分の差が瞬時に判断でき、実際に刀を交える前に一方が「参りました」と刀を収めるものだそうだが、西野先生は「たとえば、実際に立ち合って(戦って)みなければ勝つか負けるかわからない、それは喧嘩です」と言われた。

 西野流呼吸法の稽古のひとつに、お互いの気(生命エネルギー)を交流させる対気(お互いに半身に構えて、手の甲を合わせて気を交流するエクササイズ)があるが、私たち塾生は西野先生と手を合わせようとする10メートル手前から、全身にすごいエネルギーを浴びて、うしろ走りで後方のマットに激突する。「あれはやらせでしょう」と疑う人もいるが、約1時間の呼吸法を実習したあとの〈からだ〉は、文字通り〈たのし〉に変わっているので、気のスパークが起こりやすい〈からだ〉になっているのだ。

 あるとき、西野先生がこんな話をされた。「たとえば大通りの向こうから、西野を殺してやろうと凶器を懐に忍ばせた暴漢がやってくる。私は何となく、大通りから小道に入りたい気になって、ふと小道に入る。暴漢は、西野は俺が怖くて逃げたな、と言いながら、大通りを歩いて行った。それでいいんです」と。

 これも、さきの剣道の立ち合いの譬えと同じように、暴漢の殺気をやり過ごし、しかも勝った気分にさせながら、戦わずして勝つ。気の達人・西野先生はゆうゆうと小道を行く。躍動する身体知、気の勝利。

★「私が来たから晴れたのではない」
 1992年7月、創始者の西野先生、指導員で女優の由美かおるさんを含めた西野流呼吸法の東京・大阪塾生300人が、ホノルルの体育館を稽古場に、4泊6日の日程でハワイ稽古を行ったことがある。この時期のハワイは一日のうち何回かシャワー(にわか雨)が降る季節なのだが、滞在中はさわやかなハワイ晴れの下で、呼吸法の稽古に励むことができた。そして最終日、ハワイ稽古を終えた一行がホノルル空港に到着したとき、初めてシャワーに見舞われた。現地のコーディネーターは、「さすが西野先生! 西野先生がシャワーの多い季節に、素晴らしい晴れの天気を持ってきた」と感嘆の声をあげた。もちろん、私たち塾生の誰もが「これは西野先生が持っておられる、気の力だ」と思ったのだが、西野先生はこう言われた。

 「私が来たから晴れたのではない。私が雨を晴れの天気に変えたのではない。ちょうどホノルルに晴れの日が続く気(天候の気)と、このハワイ稽古を行う気(開催の気)がぴったり合ったということです」

★「それは、素晴らしい」
 かつて、主婦の友社に在籍していた私が、最初の拙著『からだのメッセージを聴く』(日本教文社、1993年)を出版する前年(1992年)のこと。それまで他社の雑誌に書いていた連載コラム「からだからこころが見える」を一冊にまとめる話があり、そのことを編集担当の専務に相談した。しかし、役員会で審議の結果、「社員の本を他社から出版することは認められない」と言われ、私はひどく落胆した。呼吸法の稽古のあとで、その窮状を西野先生に訴えると、「それは、素晴らしい」という〈ことば〉が返ってきた。

 それが「気を落とすな、そのうちチャンスが巡ってくる」という慰めや励ましの〈ことば〉ではなく、明らかにネガティブな状態なのに「それ(出版の頓挫)は、素晴らしい」と言われたのはどういう意味なのか、そのときは西野先生の笑顔と、その〈ことば〉の真意がよくわからなかった。

 その1年後、さきの専務の助力や私の担当分野の変更などもあって、何とか役員会の承認を取り付けて、初めての拙著は出版にこぎつけるのだが、前年の落胆から始まったこの1年間に、この本のメインテーマを構成する、新たな原稿を書き加えることができたのである。友人たちが開いてくれた内輪の出版記念パーティに出席された西野先生からは、「これは、素晴らしい」と、お祝いの〈ことば〉をいただいた。

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