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連載「つたえること・つたわるもの」143

『ジュラシック・ワールド 新たなる支配者』、巨大イナゴ。

連載 2022-08-23

出版ジャーナリスト 原山建郎 

 先週、今から29年前(1993年)に封切られた『ジュラシック・パーク』シリーズの最新作(第6作)、『ジュラシック・ワールド 新たなる支配者』を観に行った。

 マイケル・クライトンの人気小説を、スティーブン・スピルバーグ監督(第4作からはプロデュース)が映画化した「ジュラシック・パーク」シリーズ(現在は第6作まで)のあらすじを、ざっと紹介しておこう。

 第1作『ジュラシック・パーク』は、大富豪のジョン・ハモンドがコスタリカ沖のイスラ・ソルナ島に建設した「ジュラシック・パーク(最新テクノロジーによって恐竜たちをクローン再生した究極のテーマパーク)」では、恐竜の胚(受精卵が細胞分裂を始めた初期のもの)を盗もうとする企みによって、コンピューターで制御されていた檻から恐竜たちが逃げ出してしまうという事故から始まる。第2作『ロスト・ワールド ジュラシック・パーク』では、「サイトA」のあるジュラシック・パークに、やはり近くの孤島にある「サイトB」(遺伝子工場)で作られた恐竜たちを供給する。第3作『ジュラシック・パークⅢ』では、パラセイリングでイスナ・ソルナ島に不時着した少年を救出に向かった古生物学者、アラン一行と恐竜たちの我慢比べ・知恵比べが展開される。第4作『ジュラシック・ワールド』では、第1作の恐竜脱走事故から22年後、やはりコスタリカ沖のイスラ・ヌブラル島に新しくオープンしたリゾート施設「ジュラシック・ワールド」を二人乗りのジャイロスフィア(球体の乗り物)で巡る恐竜見学が人気を博していた、しかし、さらなる金儲けを狙って、遺伝子操作で作った新種のハイブリッド恐竜、インドミナス・レックスを作り出す。第5作『ジュラシック・ワールド 炎の王国』では、「ジュラシック・ワールド」のあるイスラ・ヌブラル島で火山の大噴火が発生したが、恐竜の保護活動を続けるオーウェンとクレアによって、一部の恐竜は救出される。と、ここまではすべて恐竜対人間のバトルシーン満載の物語である。
そして今回、私が映画館で観た第6作『ジュラシック・ワールド 新たなる支配者』では、ネタバレになるといけないので、気になったトピックを二つだけ挙げておこう。

① 「ジュラシック・パーク」創設に協力した大富豪、ベンジャミン・ロックウッドの亡き娘、シャーロット・ロックウッド(遺伝性疾患で死亡したので、DNA操作で遺伝性疾患の可能性を除去)の細胞から無性生殖で作られたクローンの少女「メイジー」。彼女は遺伝性疾患のリスクを遺伝子レベルで除去した、母親「シャーロット」そのものの再生であった。

② そのころ、アメリカ中西部で大量発生した「巨大なイナゴ」が大挙して襲来し、穀物畑を食い荒らす被害にあったが、古植物学者エリー・サトラー博士はバイオシン社が開発した種を使用したという近隣の農場が巨大イナゴの被害を全く受けていないことに気づく。

 この二つのトピックから、私は「オーダーメイド医療(農業)」ということばを連想した。これは「遺伝子検査に基づいて、個々の特性に合わせて行う医療(農業)」のことで、人間などの動物であれば遺伝性の疾患のリスクを遺伝子レベルで除去する「バイオテクノロジーの医療」であり、植物であれば農作物に被害を与えるイナゴや除草剤などに対する耐性をDNAレベルで附与する「遺伝子組み換え操作の農業」である。

 クローンの少女である「メイジー」からは、1997年に発表された、世界初の体細胞クローンである雌羊「ドリー」のトピックを連想した。これは――雌羊(A)の乳腺から取り出した乳腺細胞を0.5%の血清濃度で培養し、雌羊(B)の子宮から未受精卵を取り出し、細胞核を除去する。未受精卵に先ほど処理した乳腺細胞を1つだけ挿入し、電気刺激をかけて細胞融合させる。融合した細胞を代理母の雌羊(C)の子宮に移植する――というもので、遺伝的には最初の雌羊と全く同じ遺伝子を持つコピー羊(クローン羊)なのである。

 今回の映画で、私がとくに注目したのは、もう一つの「巨大イナゴ」の方である。
21世紀目前の1999年、近くの書店で手にした『不自然な収穫』(インゲボルグ・ボーエンズ著、関裕子訳、光文社、1999年)を手にとった私は、2冊目の拙著『からだ革命』(日本教文社、1999年)に、「新千年紀のからだ学」という一文を加えた。「巨大イナゴ」とも関連する視点なので、その一部を紹介しよう。

生命科学産業は地球を救えるか

 遺伝子操作によるバイオテクノロジーはまだ二〇年ほどの歴史しかありませんが、世界で初めて害虫抵抗性植物が作られたのが一九八五年、ヒト遺伝子の入った脂肪分の少ないブタ六七〇七号の誕生が一九八四年のことでした。(中略)その後、除草剤耐性農作物(ナタネ、ダイズ、ワタ、トウモロコシ)や、害虫抵抗性作物(トウモロコシ、ワタ、ジャガイモ)などが続々登場しました。これで農民はやかいな雑草や害虫の心配から逃れられる、消費者は安い食材を安定的に入手できる、まさに一石二鳥の方法ではないかと考えられたのです。

 
 ところが、除草剤耐性農作物の登場は特定のメーカーの除草剤を使用することが前提になっているために、農民の労力(経費)軽減というよりは除草剤の売上の確保・増加を保証することになります。高価な農薬や大規模農業用の機械を買う余裕がない発展途上国では、その恩恵に浴することができません。

 事態はさらに深刻さを増しています。翌年は作物が育たないように遺伝子操作された「ハイブリッド種子」がアメリカで特許を取得しました。農民は「技術使用契約書」に署名して、その年ごとに必要な種子の供給を受けるのです。人口爆発と飢餓に苦しむ発展途上国には、この先ずっと先進国からの食糧輸入(援助)という非情な運命が待ち受けています。

細菌の逆襲が始まった

 また、除草剤耐性が野生種にもおよべば「強力雑草」の逆襲を受けることになります。同じように、害虫抵抗性農作物にとっても、耐性を獲得する「強力害虫」の登場を意味します。農作物に害虫抵抗性をつけるための遺伝子は、バルチス・チューリンゲンシス(BT)という土壌中に生息するありふれた細菌由来のものです。これは三〇年以上前に発見された自然の有機殺虫剤として用いられてきたものですから、BTに耐性のある害虫の出現はこの自然との共生を可能にする有機殺虫剤を無力化することになります。

 これは野外の農作物や雑草、害虫に限ったことだけではありません。最近では、ほぼ根絶したとみなされていた結核
(※日本における新規登録結核患者数は、2020年度の厚生労働省統計で12,739人であり、根絶したとはいえない)が静かな流行を見せていますし、いま最も強力な抗生物質にも耐性のあるVRE(※バンコマイシン耐性腸球菌)という突然変異細菌が「院内感染」の猛威をふるっています。
(『からだ革命』「新千年紀のからだ学」216~218ページ)

 23年前、カナダの科学ジャーナリスト、インゲボルグ・ボーエンズが抱いた重大な懸念は、いま、気球温暖化を減速させるためのカーボン・ニュートラル(温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる)政策や、コスパ・ファースト(経済効率の最優先)の裏側で、静かにそして確実に、その深刻さを増している。

 さきの一文で「生命科学産業は地球を救えるか」と問うた12年後、あの3・11(2011年の東日本大震災&福島第一原発事故)が発生したとき、私がそのころ寄稿していた「トランネット通信」の連載コラム「編集長の目」№142に、天災(大津波)であると同時に人災(原発への過信)でもある「福島第一原発事故」をギリシャ神話の「プロメテウスの火」になぞらえた。少し長くなるがその一部を抜粋して再録してみたい。

 かつて霊長類(サル類)の一員にすぎなかったヒト(人類)が、今日のような目覚ましい進化を遂げたのは、まず、ことばを使う能力、つまり人智(思考能力)の開発にかかわる脳の大きさ(重量)と、幼少期における急激な増加が挙げられる。たとえば、チンパンジーの脳重量が誕生時の約130グラムから、成獣で約400グラムになるのだが、ヒトの場合には、誕生時の約350グラムから1歳児で約650グラム、7歳児では成人の約90パーセントに当たる約1200グラムとなり、成人では約1400グラム、誕生時の約4倍の重さになる。

 しかし、「サル」から「人間」へと変貌を遂げた最大のパワーは、何といっても「火を使う」力の獲得にあったのではないだろうか。約500万年前、霊長類が出現した新生代には、自然界にある「火」といえば、火山から噴き出すマグマの火、落雷や山火事によってもたらされる自然発火だけだった。火をおこす方法を知った人間は、やがて照明の火、暖をとる火、外敵から身を守る火、食物を焼く・煮る火を、人間はその暮らしに取り入れた。

 あのギリシャ神話によれば、最高神ゼウスはプロメテウスに命じて、自分たち(神)と同じ姿の人間を粘土で造らせ、それに生命を吹き込んだ。そして、「人間に生きる知恵は授けてもよいが、ただ火を使うことは教えるな」とつけ加えた。しかし、いつも寒さに震える人間を不憫に思ったプロメテウスは、太陽から盗み出した「天上の火」を人間に与えた。

原発事故の5日後、被災地の県紙『福島民報』の論説に、次の一文(抜粋)が載った。

 ギリシャ神話で、無知と暗闇の中にいた人間はプロメテウスから火をもらい、他の生き物とは違う豊かさを手に入れた。大神ゼウスは人間が手に負えない存在にならないよう、火は与えないつもりでいた。それに背いたプロメテウスは岩山に鎖でつながれ毎日、ハゲタカに肝臓をついばまれる罰を与えられた。

 神話にならい「第二のプロメテウスの火」と称されたのが原子力だ。プロメテウスの名は「先に考える者」の意で、未来を見通す力があったという。パンドラとともに災厄の箱を開けたのは「あとで考える者」という意味の名を持つ弟エピメテウスだった。賢い兄は人間なら使いこなせると考えたから火を与えたはずだ。

 津波のことを「天罰」うんぬんと言った人にも、技術におごり油断していた組織にも今は何も言うまい。世界が見つめる中、命を懸けて懸命の努力を続ける人がいるのだ。われわれが生きるのは神話の世界ではない。神に祈るのは早い。人知が未曽有の災厄を抑えると信じる。

【2011/03/16 『福島民報』論説「あぶくま抄」】

 この物語は、さらに続く。「天上の火」を人間に与えたプロメテウスは、それがゼウスの怒りを買うことを覚悟し、弟のエピメテウスに「私の代わりに人間を見守ってくれ」と頼み、この蓋は開けるなと念を押して黄金の箱を置いて行く。この箱の中には、病気、盗み、ねたみ、憎しみなど、この世のあらゆる悪が人間の世界に行かないように封印されていた。ところが、人類に災いをもたらすようゼウスから送り込まれたパンドラを妻に迎えたエピメテウスは、好奇心旺盛な彼女の懇願に負けて、兄との約束を破ってこの箱を開けてしまう。次の瞬間、あらゆる災厄が箱の中から人間の世界に飛び出した。驚いたエピメテウスは、あわてて箱のふたを閉めたが、その箱の片隅にただ一つ、「希望」だけが残っていた。

 そして、人間は「その希望を頼りに……」というのが、「災いをもたらすもの」の物語であり、本来は「開けてはならない」タブーを犯した「パンドラの箱」の物語であった。

 さきの「あぶくま抄」編集子は、核分裂で得られる熱エネルギーである「原子力(火)」を「第二のプロメテウスの火」になぞらえながらも、なお【われわれが生きるのは神話の世界ではない。神に祈るのは早い。人知が未曽有の災厄を抑えると信じる】として、いまは神頼みではなく、人知(智)によってこの災厄を乗り切るべきであると主張している。

(トランネット通信「編集長の目」№142)

 はからずも「パンドラの箱」のふたを開けてしまったかに見える『ジュラシック・ワールド 新たなる支配者』のなかで、不気味な羽音を立てて穀物畑を食い荒す「巨大なイナゴ」という災厄のあとに、果たしてその箱の片隅にただ一つ、私たちの「希望」はまだ残っているのだろうか。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう)
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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