連載「つたえること・つたわるもの」(93)
グーテンベルクの活版印刷、マヌティウスのノンブル発明。
連載 2020-07-14
為政者の「民は由らしむべし、知らしむべからず」という本当の狙いは、「情報の非開示(重要な情報は開示しない・隠蔽)」であった。その反対の情報開示を英語で「ディスクローズ(隠蔽しない)」という。
『ルネサンスとは何であったのか』(塩野七海著、新潮文庫、2008年)によると、一般的にはイタリアに起こった文芸や芸術の動向(文芸復興運動など)をさすルネサンスをさらに大きな波に変えたのは、グーテンベルクが1450年に発明した活版印刷術の影響が大きかったという。グーテンベルクによって最初に印刷されたのがキリスト教の聖書(バイブル)だったからだ。それまでの聖書は、修道院の中で1冊ずつ修道僧たちがラテン語で写本(手書き複製)する、高価なものであった。そのころ、一般庶民の識字率(読み書き能力)は低かったから、教会に集まってきた人びとを前に説教する神父の言葉だけが、聖書の言葉を知る唯一の手がかりだった。よしんば入手できたとしても読めなかった聖書(写本)の言葉は、当時の人びとにとって実質的には「非開示」の情報であり、その意味では、ローマ教会だけでなくキリスト教を国教と定めたローマ皇帝にとっても、聖書の存在は「民は由らしむべし、知らしむべからず」という武器でもあった。
しかし、グーテンベルクの活版印刷の発明によって各国語に翻訳された大型本の聖書が出回り、人びとが聖書を読めるようになると、これまでのローマ教会(カトリック派)のあり方に疑いをもつ人びとが出てきた。その一人、ドイツの修行僧マルティン・ルターが行った「九十五カ条の問題提起」をきっかけに、「聖書の本来の教えに戻ろう」というスローガンを掲げて誕生したのがプロテスタント派のキリスト教である。
塩野七海さんは、三浦雅士さんとの対談で、「今までの自分に疑いをもつ」ことについて述べている。
ルネサンスとは、一言で言えば、今までの自分に疑いを持つということですね。そこから始めて、あらゆることに疑いをもっていく。それまで一千年もの間、信じてきたキリスト教にも疑いを持つ。それでは、キリスト教がなかった時代はどうだったのか、ということで、古代復興になっていったわけです。
(『ルネサンスとは何であったのか』328ページ)
グーテンベルクが活版印刷で最初に制作した48部の聖書(グーテンベルク聖書。日本では慶應義塾大学図書館に完本が1部ある)には、ノンブル(ページ番号)がなかった。写本の聖書は羊皮紙に書かれた巻物だったので、紙に印刷された聖書にもノンブルを振るという感覚がなかったのである。しかし、その後、ルネサンス期のヴェネツィアで活躍した出版人、アルドゥス・マヌティウスがノンブル(ページ番号)を各ページの端につけて、持ち運び可能な小型本を作った。この画期的なノンブルの発明によって、本(書籍や雑誌)の目次や索引など、ノンブルを手がかりとした検索作業への活用が可能になったのである。
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