連載「つたえること・つたわるもの」(91)
制御不能の新型コロナ禍、ガイア(地球生命共同体)が流す涙。
連載 2020-06-09
かつて霊長類(サル類)の一員にすぎなかったヒト(人類)が、「サル」から「人間」へと変貌を遂げた最大のパワーは、何といっても「火を使う」力の獲得にあった。(中略)あのギリシャ神話によれば、最高神ゼウスはプロメテウスに命じて、自分たち(神)と同じ姿の人間を粘土で造らせ、それに生命を吹き込んだ。そして、「人間に生きる知恵は授けてもよいが、ただ火を使うことは教えるな」とつけ加えた。しかし、いつも寒さに震える人間を不憫に思ったプロメテウスは、太陽から盗み出した「天上の火」を人間に与えた。
原発事故の5日後、被災地の県紙『福島民報』の論説に、次の一文(抜粋)が載った。
ギリシャ神話で、無知と暗闇の中にいた人間はプロメテウスから火をもらい、他の生き物とは違う豊かさを手に入れた。大神ゼウスは人間が手に負えない存在にならないよう、火は与えないつもりでいた。それに背いたプロメテウスは岩山に鎖でつながれ毎日、ハゲタカに肝臓をついばまれる罰を与えられた。
神話にならい「第二のプロメテウスの火」と称されたのが原子力だ。プロメテウスの名は「先に考える者」の意で、未来を見通す力があったという。パンドラとともに災厄の箱を開けたのは「あとで考える者」という意味の名を持つ弟エピメテウスだった。賢い兄は人間なら使いこなせると考えたから火を与えたはずだ。津波のことを「天罰」うんぬんと言った人にも、技術におごり油断していた組織にも今は何も言うまい。世界が見つめる中、命を懸けて懸命の努力を続ける人がいるのだ。われわれが生きるのは神話の世界ではない。神に祈るのは早い。人知が未曽有の災厄を抑えると信じる。
(2011/03/16 『福島民報』論説「あぶくま抄」)
この物語は、さらに先へと続く。
「天上の火」を人間に与えたプロメテウスは、それがゼウスの怒りを買うことを覚悟し、弟のエピメテウスに「私の代わりに人間を見守ってくれ」と頼み、この蓋は開けるなと念を押して黄金の箱を置いて行く。この箱の中には、病気、盗み、ねたみ、憎しみなど、この世のあらゆる悪が人間の世界に行かないように封印されていた。ところが、人類に災いをもたらすようゼウスから送り込まれたパンドラを妻に迎えたエピメテウスは、好奇心旺盛な彼女の懇願に負け、とうとう兄との約束を破ってこの箱を開けてしまう。
次の瞬間、あらゆる災厄が箱の中から人間の世界に飛び出した。驚いたエピメテウスは、あわてて箱のふたを閉めたが、その箱の片隅にただ一つ、「希望」だけが残っていた。
そして、人間は「その希望を頼りに……」というのが、「災いをもたらすもの」の物語であり、本来は「開けてはならない」タブーを犯した「パンドラの箱」の物語なのであった。
(連載コラム「編集長の目」№142)
かつて「ガイアには自己治癒力がある」とするガイア仮説を唱えたジェームズ・ラブロックは、フロンガスの大気への放出によってオゾンホール(オゾン層に空いた穴)ができ、その穴から有害な紫外線が地表を直接照射する危険性を説いた英国の科学者だが、「いまオゾン層に穴が存在すること自体、ガイア仮説の破綻ではないのか。人間が穴をあけても、ガイアはそれを治癒できるはずだ」という意地悪な質問に対して、「それは違う。あなたの時間尺度が間違っているだけだ。この惑星にとって一番いいことは、たぶん人類が滅亡することだろう」と答えたという。
ラブロックはまた、「ガイア(地球生命共同体)にとって唯一の汚染……、それは人間である」とも述べている。ガイアはヒト(人類)に災厄をもたらす敵ではない。ヒトがオゾンガスや二酸化炭素放出などによってガイアを傷つける行為(文明の進展)は、ガイア全体を傷つけるだけでなく、その一員であるヒトもまた傷つくことになる。ヒトの心ない仕打ち(文明の暴走)に、ガイアの目から大粒の涙があふれ出ている。
【プロフィール】
原山 建郎(はらやま たつろう)
出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員
1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。
2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。
おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。
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