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連載「つたえること・つたわるもの」(69)

シテ(遠藤・無明の闇)とワキ(ガストン・旅の僧)、『おバカさん』。

連載 2019-07-09

 また、ワキ方能楽師、安田登さんは、『ワキから見る能世界』(日本放送出版協会、2006年)の中で、「シテの思いを晴らすワキ」と書いている。インテリやくざ遠藤は、兄の敵である金井・小林を殺さないうちは自分も死ねない、という強い殺意、恨みを抱いて生きる幽霊のようなシテであり、ガストンはキリスト教でいえばプリースト(司祭)またはモンク(修道僧)、諸国遍歴の僧(ワキ)である。

 シテは、その「ところ」に思いを残してこの世を去った霊魂だ。彼女は残恨の思いのために成仏できずに、幾度となくこの世に、特にある「ところ」に出現する。(中略)ワキは、シテの残恨の思いを受け止めて、その昇華作業(成仏)を助けるのだから能のワキは多くが僧だ。しかも漂泊の旅を続ける、一所不住の僧だ。
(『ワキから見る能世界』21~22ページ)


 遠藤の思い(学徒出陣で南方の戦地に赴き、金井・小林ら上官の奸計によって無実の罪を着せられ刑死した兄の恨みを、拳銃によって晴らしたい)を聞き届け、最後には金井・小林を殺さずにすむところまで見届けるガストンは、遠藤が成し遂げたいと願った、復讐劇という能舞台におけるワキである。

 そして、銀行員の隆盛とその妹・巴絵は、この物語の観客を代表する語り手(ナレーター)である。

 自分は何もできない、ただ遠藤のそばにいて、すべてを見届けるガストン――。彼は何も聴こうとしないのに、この人だけにはすべてを話してしまいたくなる――ガストン。それは、遠藤周作さんが数々の作品で描こうとした、全知全能の神でもなく、奇跡を起こすちからもなく、いつも悲しげな眼差しを向ける、無力な神あるいはイエス・キリストの愛のはたらき、ワキを演ずるガストンの存在ではないだろうか。

 このガストンは、最晩年の作品『深い河 ディープ・リバー』第五章(木口の場合)にも、入院患者に食事を運ぶ病院ボランティア、そっと胸で十字を切る馬面の外人青年・ガストンとして登場し、ここでもシテの役割を担っている。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう) 
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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