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連載「つたえること・つたわるもの」(69)

シテ(遠藤・無明の闇)とワキ(ガストン・旅の僧)、『おバカさん』。

連載 2019-07-09

出版ジャーナリスト 原山建郎

 文教大学越谷校舎オープンユニバーシティー(社会人向け教養講座)で、数年前から『沈黙』『深い河 ディープ・リバー』などの作品で知られる、芥川賞作家・遠藤周作の生き方をさぐる講座を担当している。今年度は「遠藤周作の名作読む――人間の弱さと哀しみ」と題して、『おバカさん』『母なるもの』『わたしが・棄てた・女』『沈黙』『深い河 ディープ・リバー』の5作品をとりあげた。

 第1回目は『おバカさん』である。配布資料の冒頭に、松尾芭蕉の句「おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな」と詞書(前書き)を紹介した。とくに詞書の最後にある「闇路に帰る、この身の名残惜しさをいかにせむ」の件(くだり)は謡曲『鵜飼』(能『鵜飼』)を下地にしたもので、禁断の殺生をしたために地獄に堕ちた亡霊(鵜使いの老人)が、旅の僧に自ら犯した罪を吐露することで、ようやくあの世(冥途)に旅立つことができるようになったが、一方では、朝の到来とともに、この世からあの世に帰る無念さも表している。

 なぜ、キリスト教作家の小説『おバカさん』を読むのに、芭蕉の句の下地になった謡曲『鵜飼』と、登場人物である鵜使いの老人(前シテ)、旅の僧(ワキ)を紹介したかについては、あとで述べる。

 ところで、角川文庫版のWeb紹介文「春のある日、銀行員隆盛君兄妹の前に風の如く姿を現わしたフランス人。名はガストン。ナポレオンの末裔と称する。無類の臆病で、お人好し、行く先々に珍事をまき起こすがその魂は神の如し。」のフレーズでは、「ユーモア小説」と勘ちがいされやすい。そこで、まずは巻末にある解説のページで、江藤淳さんによる小説の解釈ポイントを、受講生と一緒に読んでみた。

 ガストン・ボナパルトとは何ものであろうか。一見、馬鹿にしか見えず、他人の言葉をいつも額面通りにうけとり、「イヌさん(※悲しい眼をした老犬)」をかわいがり、彼にとっては「イヌさん」と同じあわれな人間に見える肺病のインテリ殺し屋遠藤を救おうとして、遠い山形までついて行くフランス青年。そして、最後には、どこへともなく蒸発したように消えてしまう不思議な存在。かれはいったい何者だろうか。彼こそは、日本に再臨したキリストではないだろうか。(中略)「おバカさん」が、一見只のユーモア小説であるかのように見えながら、大部分の日本の近代小説にはないスケールの大きさを秘めているのは、そこに人間の基準にいわば垂直にまじわっている神聖なものの基準があるからである。
(『おバカさん』解説、311・312ページ)

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