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連載コラム「白耳義通信」⑱

「譲り合い」

連載 2018-03-14

鍵盤楽器奏者 末次 克史

 東京滞在中、良く利用する東京メトロの車両から「優先席」の文字が消えたと思ったらシートや吊手の色で分かるようにしてあることを知った。なぜこんな事を書いたかというと、日本に帰る度に気になることがあったので、今月はそれを取り上げたい。

 日本は公共の場での秩序が非常に保たれているというのはベルギーでも話題になる。災害時の整列しかり、乗り物内での携帯電話しかり、驚きを持って紹介される。暗黙の了解のもと、お互いを思いやる日本人の良心とも言えるだろう。

 そんな中一つだけ気になるのは、乗り物内で妊婦の方に席を譲る光景を余り見ないことだ。先日も電車内でお子さんを連れた妊婦の方が吊手に捕まって立っていたのだが、目の前に座っている学生も、お子さんを産んだことがあるであろう女性も席を譲ろうとしなかった。しかもそこは「優先席」だったので尚更ビックリしてしまった。

 もしかして学生の中の一人は譲ろうという気は有ったけれど、仲間と一緒だから恥ずかしいという気が働いたのかも知れない。また意地の悪い見方をすると、女性は「自分が子供を身籠った時は誰も譲ってくれなかったから…」と思ったのかも知れない。

 自分もベルギーに行かなかったら譲ろうとしなかっただろうし、そもそも妊婦の方は大変だと思うことすらしなかったに違いないだろう。普段、我先にと自分を優先しがちなベルギー人だが、ベビーカーを押している方、妊婦の方に譲り合うのは当たり前のことだと思われている。

 思うにこれは教育の差だろう。教育という言葉は大袈裟過ぎるので、親の躾と言った方が良いだろうか。小さい頃から「ベビーカーを押している人が乗り物へ乗降車する際は手伝いなさい」と親に言われたり、そのようにする大人を見ている。だからそのように振る舞う事が当たり前になっているのだろう。

 自分が小学生の頃、学校で「お年寄りには席を譲りなさい」と言われた記憶はあるけれど、「妊婦の方を手伝いなさい」と言われた記憶は思い出せない。日本ももうちょっと妊婦の方に優しくなればなぁと帰国する度に思う。譲り合いの精神で溢れているのに何だか勿体無い。

【プロフィール】
 末次 克史(すえつぐ かつふみ)

 山口県出身、ベルギー在住。武蔵野音楽大学器楽部ピアノ科卒業後、ベルギーへ渡る。王立モンス音楽院で、チェンバロと室内楽を学ぶ。在学中からベルギーはもとよりヨーロッパ各地、日本に於いてチェンバリスト、通奏低音奏者として活動。現在はピアニストとしても演奏活動の他、後進の指導に当たっている。ベルギー・フランダース政府観光局公認ガイドでもある。

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