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連載コラム「つたえること・つたわるもの」⑬

四角い漢語、とんがったカタカナ語、まるい和語。

連載 2017-03-28

出版ジャーナリスト 原山建郎

 『主婦の友』編集部時代、「記事の見出しは漢字とひらがな(カタカナ)のバランスを考えろ。原稿用紙を離して薄目で見ると、字画が多い漢字は四角く墨っぽい、ひらがなはまるく透明な感じ、カタカナは鋭角でとんがった感じがする」と指導され、新前記者の私は「なるほど、そうか!」と妙に納得したものだ。

 なるほど、日本語の文章(書き言葉)は、表意文字の「漢字」を主体として、これに「ひらがな(カタカナ)」を交じえて書かれた「漢字かな交じり文」である。さらに詳しく見ていくと、日本語による会話(話しことば)もまた、漢語(中国製漢語+和製漢語)+和語(やまとことば)+カタカナ語(外来語+カタカナ表記語+和製英語など)で構成されていることがわかる。これを編集工学の創始者・松岡正剛さんふうに言えば、漢字あるいは英語(ヨーロッパ言語)という「外来のコード(文化や技術の基本要素)」を、日本古来の話しことば文化である和語(やまとことば)の文脈にとり入れて、日本文化にふさわしい「内生のモード(様式)」に編集し直して「日本語」を作るという、世界に類例のない快挙を成し遂げたのである。

 表意文字である漢字を組み合わせた「漢語」は、四角く堅苦しい感じを与えるが、その文章を読んだり言葉で聞いた瞬間に、漢語の〈意味〉がすぐに理解できる。公式の会議や挨拶の言葉にはたくさんの漢語が用いられるが、そこで重要なのは発表者の〈思い〉ではなく、伝える〈意味〉である。業務報告などの社内文書、取引先への挨拶状などの社外文書でも、やはり〈意味〉が最優先事項となる。たとえば、国土交通大臣、住宅・不動産業界団体トップの2017年「年頭所感」(一部抜粋)には、たくさんの漢語が登場する。

 ★社会資本整備には、移動時間短縮等を通じて生産性を高めて民間投資促進する効果災害リスク等を低減させる効果国民生活の質を向上させる効果といった「ストック効果」があります。(国土交通大臣 石井啓一氏)/★喫緊課題である既存住宅流通活性化対策としては、税制面住宅土地所有権移転登記に係る登録免許税軽減措置事業用買換え特例など各種流通課税特例延長されました。空き家対策として本会要望してきた所有者情報開示は……(全国宅地建物取引業協会連合会会長 伊藤 博氏)

 やはり、業務報告書(社内文書)や挨拶状(社外文書)もまた、〈意味〉を的確に伝える漢語が主役。

 ●A社営業部のB部長と面会、発注量変更情報聴取製品Cを月間200セット発注するとのこと。生産管理部のD課長に増産依頼をすませた。(商談の業務報告書)/●貴社、ますますご清栄の由、大慶に存じます。平素格別のご愛顧を賜り、深く感謝申し上げます。さて~(取引先への挨拶状の書き出し)

 もちろん、これらの漢語をもっと噛み砕いた表現に直すことはできるが、10分の挨拶が30分に延び、1枚の報告書が2枚に増えるなど、ただでさえ多忙を極める業務遂行に支障をきたすことになる。

 また、上記の漢語に「喫緊(正しくは「吃緊」)があるが、これは「緊急(即座に対応すべき)の課題」よりはゆるやかで、「吃緊(できるだけ早く対応したい)課題」を〈意味〉するビジネス用語である。

 昨秋、「小池都知事のカタカナ語、日本語にしてみました」を本コラムでとりあげたが、「カタカナ語」には〈硬〉〈軟〉二つの側面がある。小池都知事が多用する「英単語のカタカナ表記」は〈硬〉である。英語が得意な人には歓迎されるが、普通の人ならカチンときて「そのカタカナ、日本語にしてほしい」と思うだろう。ワンランク上をめざす人なら『カタカナ・外来語・略語辞典』(自由国民社)に飛びつくはずだ。

 もうひとつ、〈軟〉の方は「そのカタカナ、日本語にしてほしい」とは真逆になるが、「直訳の日本語より、カタカナ表記のままがいい」場合だ。たとえば、「デジタルとアナログ」の言い換えは「離散量と連続量」となるが、かえって難解な言葉になってしまう。また、「コミュニケーションをとる」は「交流(通信)を図る」、「イメージを描く」は「情景(印象)を想像する」あたりだろうが、いまひとつしっくりこない。

 平成18年3月、国立国語研究所から発表された『「外来語」言い換え提案』リストには、デジタルデバイド(情報格差)、コミュニティー(地域社会、共同体)、コミュニケ(共同声明)はあるのだが、上記に示した外来語は出てこない。なぜか? おそらく、デジタル、アナログ、コミュニケーション、イメージなどは、わざわざ言い換えるまでもなく、かなり以前から「日本語化」している外来語だからではないか。つまり、「イメージ」は「情景(印象)」ではなく、すでに「イメージ」という日本語で〈イメージ〉できている。

 もとは漢文の送り仮名だったカタカナだが、明治の文明開化とともに流入した外来語(カタカナ語)に変身し、いまでは外国語のニュアンスを〈イメージ〉で伝える言葉に成長した。また、カタカナ表記の和製英語(カッコ内は英語)、キャッチボール(プレイキャッチ)、バトンタッチ(バトンパス)なども誕生した。

 和語(ひらがな)は、伝える〈思い〉が相手の心に「やわらかく、あたたかく」届く。漢語の多い会話は堅苦しいが、それをひらがなに置き換えるだけで、四角い会話がまるくなる。そのことを、感性アナリストの黒川伊保子さんは『日本語はなぜ美しいのか』(集英社新書、2007年)で、次のように書いている。

 人間関係の中では、相手と距離をとりたいこともある。踏み込ませない、甘えさせない会話を作るときは、子音の強く響くことばを使うことだ。日本語は、すべての拍に母音がもれなくついている(拍は日本語の発音最小単位。カナ一文字にあたる)。このため、基本的にはこころを開き合うことばが多いのだが、その中でも中国由来のことば、すなわち音読みの(漢字)熟語は子音が多く、強く響く。
 たとえば、仕事で同席した女性に、「ご一緒できて嬉(うれしかったありがとうございました」と言われるのと、「ご臨席(リンセキ)いただき、光栄(コウエイ)でした。感謝(カンシャ)いたしております」と言われるのでは、ずいぶん雰囲気が違います。前者の場合なら「帰りにお茶でも」と誘えても、後者の場合では「つけ入る隙」がありません。
(同書161~162ページ)

 また、国際線客室乗務員のキャリアをもつ、話し方インストラクターの下平久美子さんは、『1日1分、30日で人生が変わる「話し方」「聴き方」の法則』(ダイヤモンド社、2011年)の中で、ひらがなの「すみません」を「ありがとう」に言い換えてみようと提案している。

 例えば、ビジネスで何か人に頼みごとをしたとき。
「忙しいのにすみません」。このように謝ってはいませんか。
「忙しいのに、ありがとうございます」、こう言った方が相手も快く協力してくれるのではないでしょうか。
ほかにも、訪問したオフィスでお茶を出されたら、出してくれた人に対して「すみません」ではなく「ありがとう」と伝えてみましょう。恐縮して「すみません」ばかり言うと、相手にも緊張を強いることになります。(同書77ページ)

四角い漢語は〈意味〉を、とんがったカタカナ語は〈イメージ〉を、まるい和語が〈思い〉を伝える。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう) 
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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