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連載「つたえること・つたわるもの」(117)

優しく寄りそう〈からだ〉の智恵を〈ことば〉で伝える。

連載 2021-07-27

出版ジャーナリスト 原山建郎

 私が代表を務める遠藤ボランティアグループ(遠藤VG)は、首都圏にある9つの医療・介護施設で活動しているが、昨年2月からのコロナ禍の影響で一年半もの間、ボランティア活動を休止している。

 遠藤VGの活動は、医療・介護施設での実践活動(外来受付・各科への案内、外来患者の子どもの託児、小児科・患児の遊び相手、テーブル拭き・話し相手、傾聴・催し物の手伝い、図書の貸出・整理)のほかに、コロナ禍が蔓延するまでは、一年に数回、医療や心理学の専門家から話を聞く勉強会(講座)を開いていた。

 この勉強会は、遠藤VGを立ち上げた作家の遠藤周作さんが、「患者の心理、傾聴の心得など、専門家に学びながらボランティア活動をしてほしい」と、とくに強調した項目のひとつだ。いちばん最近の勉強会は、昨年(2020年)1月の本コラム№82(「一隅を照らす」というミッション――〈今いる場所で希望の灯をともす〉)でも紹介した、医療型短期滞在施設「もみじの家」ハウスマネージャーの内多勝康さんの講演「医療的ケア児とその家族が直面している現状と問題」だったが、こちらの学びも一年半、お休みが続いている。

 遠藤VGは、グループの理念である「四つの願い」(1.遠藤周作氏が提唱した「心あたたかな医療」の実現をめざします。/2.患者さんの声に、私たちは耳を傾けます。/3.いつも患者さんの目線で、優しく寄りそいます。/4.患者さんのために、ささやかなお手伝いをいたします。)を大切にしながら、現在はコロナ禍で休止せざるを得ないが、これまでずっと医療・介護施設でのボランティア活動を行ってきた。

 そこで、今回は、遠藤VG「四つの願い」の三つ目にある「いつも患者さんの目線で、優しく寄りそいます。」をとり上げて、「優しく寄りそう〈からだ〉」の智恵を「〈ことば〉でとらえる」について考えてみることにした。メインの参考書は、長年遠藤VGの顧問を務め、対人援助職トレーナー(医療ソーシャルワーカー、ケアマネージャー、看護師などの、プロを指導する専門家・トレーナー)であった(大変残念なことに、2018年9月に逝去された)奥川幸子さんの高著『身体知と言語』(中央法規出版、2007年)である。

 副題には「対人援助技術を鍛える」とあって、その内容は医療・福祉領域における臨床心理学の専門書であるが、「優しく寄りそう」ことをめざすボランティア(対人援助サービス提供者)とクライアント(その日、お目にかかった医療や介護施設の患者や利用者)が、相互に交流するなかでとらえる〈からだ〉の智恵について、できるだけわかりやすい〈ことば〉を選びながらいっしょに学んでいきたい。

 奥川さんは1972年から24年間、東京都養育院附属病院(現・東京都健康長寿医療センター)で医療ソーシャルワーカーとして勤務し、その後はいくつかの大学で教鞭を執りながら、フリーの対人援助専門職トレーナーとして全国各地の研修会を飛び回っておられた。奥川さんの1冊目の著書は『未知との遭遇』(三輪書店、1997年)で、副題は「癒しとしての面接」。奥川さんは自らの対人援助専門職としての面接を、一期一会、つまり「偶然(のようだが必然)の出会い」ととらえている。「癒しとしての面接」ということばにはスピリチュアル(霊性的)な響きがあるが、今回の著書『身体知と言語』では、それをさらに「身体知の言語化」という切り口で、さきに示した援助者の〈からだ〉感覚、相談者の〈からだ〉感覚という抽象的な「身体知」のイメージを、具体的な〈ことば〉を用いて「見える化(言語化)」しようと書かれた一冊である。

 西野流創始者の西野皓三さんは、「身体知」をフィジカル・インテリジェンス(からだの叡智)と表現されたが、その対義語である「頭脳知」を、私はブレイン・ワーク(脳の働き)と表現している。「身体知」の「知」はウィズダム(智恵)であり、「頭脳知」の「知」はナレッジ(知識)のことである。

 かつて、対人援助職トレーナーである奥川さんのもとに、専門的スキル向上のために面接を受けにきたケアマネージャー(介護支援専門員)の話を聞いたことがある。このケースは、対人援助職に求められる「身体性」、あるいは「考える身体」にも関係する話なので、ざっと要約して紹介しよう。

 クライアント(介護利用者)のアセスメント(事前評価)面接に行き、「ほれぼれするようなケアプラン(介護計画書)」を作ったと思っているのに、相手がうまく利用してくれない。そのことに悩んだ彼女は、奥川さんのもとに身銭を切って指導を受けにきたのだという。彼女には高レベルのアセスメント力があり、クライアント理解もニーズ把握も確か、その結果作成した支援計画もみごとなプランだったが、肝心のクライアントがそれを使ってくれない。ここが対人援助実践のむずかしいところだ。

 奥川さんのスーパーヴィジョン(指導面接、プロセス評価、アドバイス)では、結論からいうと、彼女の場合はクライアント理解もニーズ把握も速すぎて、頭のなかでコンピュータがはじくような速度で、ケアプランが表としてできあがってしまう身体構造だったのである。つまり、彼女の情報解析装置が高性能すぎて、あまりにも情報の分析・統合の速度が速すぎるために、そのケアプランを立てるプロセスを、適切な〈ことば〉という〈かたち〉に変換できなかったのだ。クライアントが置かれている、そのときの状況や想いや思考方法、生きる力などにチャンネルを合わせてコミュニケーションをはからないと、どんなに素晴らしいケアプランであっても、「彼らの身体には届かない」といった事態が生じてしまうことがあるという。

 ここはひとつ、フィジカル・インテリジェンス(からだの叡智)である「身体知」を深化させることで、より高度で柔軟なトータル・ブレイン・ワーク(統合的な脳の働き)を磨かねばなるまい。早速、「身体知」を考える手がかりに、『身体知と言語』から重要ポイントを書き出してみよう。(※)内は原山の補足。

 クライアントから発せられた〈ことば〉と〈全身の表情〉を、援助者はまず、いったんは自分の身体のなかに入れます。その際に、彼らから発せられた〈表現された訴え〉の背後には、たくさんのメッセージが含まれています。さらに、そのときのメッセージは、それまでに語られた事柄や、これから語られるであろう事柄とも深く関係しています。(中略)さらにそれらの情報(※〈ことば〉と〈全身の表情〉から伝わるもの)を「クライアントがこれまで生きてきた~いま、生きている~これから生きていく世界」とより深く意味づけされたものにしていくために、そのつど、一番適切な方法でクライアントに働きかけることができるか否かが鍵になります。

 この〈援助者の身体を通過させる〉が故に、それも〈多義的な情報
(※〈ことば〉と〈全身の表情〉から伝わるさまざまな情報)〉を瞬時に援助者の身体のなかで解析し、なおかつ、そのままの〈かたち〉でクライアントに返すのではなく、そこでいったんギアをチェンジさせたうえで、その場にふさわしい〈かたち〉にしたもので応えていく、という高難度な情報処理(※〈ことば〉と〈全身の表情〉から伝わる情報を、いったん援助者の身体の中に入れて解析する)と情報変換(※そのままの〈かたち〉で返すのではなく、ギアチェンジしてその場にふさわしい〈かたち〉に編集する)が必要であるが故に、援助者が他者であるクライアントが生きている世界に添って理解するための方法は、一朝一夕では手には入らないのです。
(『身体知と言語』第1節「考える身体」に向けて 427~428ページ)

 巻末事例には、奥川さんが聴き取り作成した訪問看護師(V・N)、紅林みつ子さんによるクライアント(75歳の男性、Sさん。原因不明の骨腫瘍。狭心症もある。病名は入院中に妻から告げられている。妻と二人暮らし)への援助事例が載っているので、その一部を抜き書きして紹介する。

 なお、それぞれの発言の後にある「←」以下のことばは、奥川さんの対人援助職トレーナーとしての評価コメント。※⑭~⑰は関西学院大学教授・渡部律子さんの評価コメントである。

 Sさん たくさん薬があるのに、看護婦さんはよく薬のことわかりますね。⑭←Sさんの信頼感の表明
 V・N 薬のこともわからなければ皆さんのお役に立てませんし
 Sさん そうは言ってもたいへんですね。⑮←Sさんの信頼感の表明
 V・N 夏休みで四国と○○(近県の都市名)から皆さんお集まりでお楽しみですね。←効果(本人の気持ちをプロモートしている)
 Sさん まあ、そうでもないのですが……(と言いつつ、うれしそうな顔をして話す)⑯←言語と非言語コミュニケーションの不一致の観察
 V・N Sさんもこうして起きていらっしゃることがおできになるので、皆さん方もいらっしゃってお喜びになられますね。←技あり(四国から来ている家族に対してもプロモート)
 Sさん ええ、前のように胃のほうもあまり痛くなりませんし、ご飯も美味しいので、気分もいいです。(と、にこにこ、いい顔になっている)⑰←一本! これぞ、プロフェッショナルの至芸
 # Sさんは何故、ここでコロッと変わったのか。その原因を紅林さんに聞いてみると、以下のような返答でした。
「気持ちを受け容れてもらえ(自分中心の時間だった)、鬱屈した心を解放させてもらい、薬も5種類から3種類に減り、重症感が薄れた、孫がいたことも大きい」
 V・N それは何よりですね。お歩きになるとき、くれぐれも転ばないように気をつけてください。←注意も忘れない。
※⑬クライアント主体の援助、クライアントと訪問看護師は情報を共有しています。
※⑭⑮はおそらく、「信頼感の表明」と自分の「大変だった」気持ちの表現でしょう。
※⑯訪問看護師はクライアントの「言語」と「非言語」表現の不一致に気がついています。対人援助を行ううえで、とても重要なポイントです。
※⑰は②の発言(原山注/以前のSさんは、胃の不調や痛みがあり、長く薬を飲み続けることに不安を訴えていた)とまったく反対のことを言っています。クライアントの主訴の「言語表現」をそのまま受け容れるのではなく、「援助のゴール」(原山注/紅林さんは、クライアントの「心配」や「マイナス思考」を「いつでも軽減する」面接をするのではなく、「いま、このクライアントにとって最も大切なことは何かを念頭において面接を進めている)を念頭におき、「ポジティブな発言」を「強化」した結果でしょう。

(『身体知と言語』「逃げない、あわてない、否定しない」 665~666ページ)

 優しく寄りそう〈からだ〉の智恵を、〈ことば〉で伝える――むずかしさ、たいせつさ、うれしさ。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう)
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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