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連載「つたえること・つたわるもの」(99+1)

是非の初心・時々の初心・老後の初心――忘るべからず。

連載 2020-10-27

 学生たちが面接で語る〈志望動機〉には、志望動機・希望動機・願望動機――三つの動機がある。

 ○志望 (他人はどう思おうと)自分はこうなりたい、こうしたいと強く望むこと。今はできないが、ぜひ実現したい夢のこと。英語では、①ambition(野心、野望→ライフワークの実現)、②request(相手に対する要求→自分が担当したい職種)、③choice(自分自身の選択→この会社で働くべきか否か)がある。

 ○希望 願い望むこと。強い望み。もし実現すればラッキーと思う、希(かすか)な望み。英語では、①hope(実現可能性がほとんどない望み)、②wish(できれば実現したい望み)、③want(自分に必要なもの、必需品)だが、②のwishを「切望」と和訳すると次の「願望」の範疇に入る。

 ○願望 あることの実現を望み願うこと。一般にはその目的を達成する手段がないのに熱望すること。神仏への祈願。英語ではdesire(神仏の力に頼ってでも実現させたい願い)、神頼みという最後の手段。

 ちなみに英語のhopeやwishはやや消極的な希望、desireはwishより強い望み、ambitionは将来の目標・仕事への強い望みを示す。wantはいますぐ欲しい欲求をあらわす。これらの「望み」はif(叶うことならば…)の条件付きだが、ambitionにはif(仮定条件)のない「熱意」と「決意」が込められている。

 いま、「ウチの会社」で働いている私たちにとって、(1)「ウチの会社」の魅力は何か/魅力は薄れていないか? (2)担当する「仕事」の魅力は何か/魅力はなくなっていないか? (3)いまも他社でなく「ウチの会社」で働きたいと思うか/チャンスがあれば転職したいか? など、どんな自己評価ができるだろう。

 〈志望動機〉のポイントとなる「志」とは「初志(最初に思い立った希望、目標)」のことだが、すでに実社会で働く私たちには、担当する仕事や職位が変わるごとに「初心に立ち返る」心構えが求められる。室町時代中期、能を大成させた世阿弥の芸道論、『花鏡』に書かれている「初心不可忘」の〈初心〉である。

 初心忘ルベカラズ
 此ノ句、三ケ条ノ口伝アリ。是非ノ初心ヲ忘ルベカラズ。時々ノ初心ヲ忘ルベカラズ。老後ノ初心ヲ忘ルベカラズ。此ノ三(みつ)、能々(よくよく)口伝スベシ。


 現代では「最初は誰でも一所懸命精進するが、慣れてくると慢心しがちになる。つねに最初の志を忘れてはならない」のように、初志(最初の熱意)の意味で用いることが多い。しかし、世阿弥は「是非の初心」、「時々の初心」、「老後の初心」、三つの〈初心〉があるという。『世阿弥芸術論集』(田中裕校注、新潮社、1976年)の校注(古典の文章を校訂し、注釈を加えること)を手がかりに、三つの〈初心〉を考えてみよう。

 ○是非の初心 自分の芸が上達したかどうかを判断する〈初心〉を忘れるな。ここでいう〈初心〉は、ものごとを習い始めたころの未熟さ。それを忘れずにいることが、その後の芸の向上、上達を推し量るひとつの基準となり、ときに自分の芸が退歩していないかどうかの判断基準(※是非=現在の芸が上達するか、退歩するかを決める基準としての〈初心〉の意)になる。

 ○時々の初心 その時々にかなった時々の〈初心〉を忘れるな。その年齢にふさわしい芸にいどむことは、その段階においては初心者であるので、やはり未熟さ、拙さがある。芸道を学び始めたころから、壮年期を経て老年に至るまで、芸態を身につけることで、芸の幅の広い役者となることができる。

 ○老後の初心 老年期になって初めての芸にいどむ、みずみずしい心構えを忘れるな。老後の〈初心〉をつねに忘れずにいれば、過去の芸のすべてが思い出され、現在および今後のために新しく見直され、そして経験し直されるので、これまでに蓄積された芸の、単なるくり返しではすまなくなる。いのち(※若年から老後までの一生涯)には末期(終わり)があるが、芸には行き止まりが見えてはならない。
(※『世阿弥芸術論集』の校注を参考にしながら、原山が要約・一部加筆した)

 ここで「芸」を「仕事(ワーク)」と読み替えれば、是非の初心からライク・ワーク(入社時の初志)を振り返り、時々の初心からライス・ワーク(たかが仕事・されど仕事)を再評価し、瑞々しい老後の初心をかきたてるライフ・ワーク(いのちが感動するはたらき)をとらえ直すことができるのではないだろうか。

【プロフィール】
 原山 建郎(はらやま たつろう)
 出版ジャーナリスト・武蔵野大学仏教文化研究所研究員・日本東方医学会学術委員

 1946年長野県生まれ。1968年早稲田大学第一商学部卒業後、㈱主婦の友社入社。『主婦の友』、『アイ』、『わたしの健康』等の雑誌記者としてキャリアを積み、1984~1990年まで『わたしの健康』(現在は『健康』)編集長。1996~1999年まで取締役(編集・制作担当)。2003年よりフリー・ジャーナリストとして、本格的な執筆・講演および出版プロデュース活動に入る。

 2016年3月まで、武蔵野大学文学部非常勤講師、文教大学情報学部非常勤講師。専門分野はコミュニケーション論、和語でとらえる仏教的身体論など。

 おもな著書に『からだのメッセージを聴く』(集英社文庫・2001年)、『「米百俵」の精神(こころ)』(主婦の友社・2001年)、『身心やわらか健康法』(光文社カッパブックス・2002年)、『最新・最強のサプリメント大事典』(昭文社・2004年)などがある。

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